元モンスター描き。 諸々の感想と近況ブログです。   since2005.05.15
月の部屋で会いましょう

 SF短編集。
印象深かったものだけ書き留める。

 『僕らが天王星に着くころ』
いきなりぐっと来た。
銀色の欠片がどんどんと皮膚を覆う病気。それが人類に蔓延。銀色はやがて宇宙服になり、完成したら人は宇宙に引っ張られ、もはや地球から去るしかない。
そんな中、恋人が病気に。引き留めようとしてもどうにもならず彼女は行ってしまい、彼は追うように―。
SFにしてほんのり、そして空恐ろしくなる宇宙の孤独。ファンタジーのように読めた一篇。
 『床屋のテーマ』
小さな世界を覗く妄想冒険みたいな感じかな。
そういう漫画は多いけど、文章でってのがなかなか素晴らしい想像力と文章力。
ただ、床屋の客の頭の中にジャングル―ってあんまり気持ちの良いビジュアルではない。
そしてラストがわからん。
 『母さんの小さな友だち』
博士である母を乗っ取った体の中の何百億もの生命体たち。彼らは母の体をガイアと呼び、自分たちが住みやすいように母の精神までのっとり―。
息子と娘が脅しながら母を解放しろと迫るのだが、生命体らは母親はそんなこと望んでいない、体から出ていかないとちっとも言う事を聞かない。
その関係は地球を食い荒らしコントロールする人類そのもの。最初はどっちが正しいのかわからなかったけど、母親が精神を取り戻した時、「よくやった!」と子供たちを褒めたので、乗っ取られていたんだという事でゾッとする。
でもなかなかファンキーな博士のようで、生命たちたちに「どっちがこの体の主か思い知らせてやる」とバンジージャンプをかますあたり素敵な人だ。
 『彗星なし』
地球に彗星がぶつかる。
見えなければそれはそこには存在しない―そんな哲学を科学として、全人類、空を見るなと言うカウントダウンの日。父親はバカバカしいと言う妻と娘を説き伏せて、紙袋を被るように強制。
ラスト、自分たちは見なかったから平行世界に移れた!助かったんだと快哉を叫ぶのだが、どうも父親一人だけが平行世界に行ったんじゃないのと言う匂わせで終わる。怖い。妻と子は父親の言う事を聞かず、途中で紙袋取ったんだろうなぁ…。
一言ででこの状況をにおわせるラスト一行が上手い。
 『危険の存在』
彼女は女神ですか、魔女ですか。
彼女に惚れる男の目から見た日常の不思議。
何も不思議でないのだけど、見る物から見たら『ワンダー』である。
なんだかね、この人の作品はアタゴオルみたいな感じなのね。絵で頭の中に広がる。
空想の展開とか、ラストの切り方とか、ダブるわ。
 『シーズン最終回』
狂人に捕まったサスペンスかと思いきや、どうも主人公がぶっ壊れているご様子。
このタイトルからすると、主人公、助からないんだろうな…。
 『セーター』
あらすじにもあって惹かれた一篇。
彼女の編んでくれたセーターから頭が出せず、セーターの中で懐中電灯で出口を探したり、いろんな世界がそこに現れます。
外側で彼女は?
これもSFかつ幻想的な、作品です。理屈とかオチの問題じゃない。谷山浩子っぽく感じた。
 『最高のプレゼント』
こう言うプレゼントの価値が分かる子供が凄いわ。ただし、プレゼントと言うものが彼にとって何だったかを定義する必要はある。
 『魚が伝えるメッセージ』
怖いよ、怖い。電話の相手も怖いけど、魚も怖いし、主人公も怖い。脅し、変身、妄想、どれがリアルなのかで針の振れ方は違うけど、怖い。
 『俺たちは自転車を殺す』
物凄く分かりやすいSFだけど、やっぱりホラー。
じ、自転車と人間がサドルと尻で繋がるだと?!
そして人間たちに襲われ、食われる自転車人間。
またその自転車に跨ると新たに自転車人間になるんだけどね…。
主人公の恋人が自転車に跨っちゃったのは、何のメタファーなんだろう。そのままだとしても十分野生な話ではある。
 『休暇旅行』
金魚鉢を抱えなければそこに居られない安息の観光地。もうそれだけで休んでいられないわけだが、どうしてこのカップルはここへ来た。
しかも来てすぐに帰ろうと思うのだが、意志の伝達が上手くいかず、最悪なラストへと…。
あらすじ見た時は金魚鉢抱えて休暇旅行とか、のんびり不思議話のイメージだったんだけどなぁ。
 『月の部屋で会いましょう』
表題。ううん、しかしタイトルは良いんだけど、なんというか理由のない不可思議が面白かったり、印象的だったり効果的に使われていればいいんだけど、この話についてはワンアイディアだけと言うイメージ。
ちょっぴり切なく心穏やかに読んでいられるのだけど、平坦だったかな。
スタープレイヤー

 ああ、最近の恒川さんはこういうSFっぽい物もやり出したのか。付いて行きます。

 で、これがまたものすごく面白かった。
突然異世界に飛ばされ、10の願いをやるから、好きにしろと放り出された30代の女性。理屈抜きです。
 何もかもがインパクト。
ありがちなバトロワを思わせるが、主人公が女性と言うのも珍しいし、恒川さんがこういう物を書く事自体予想も出来なかった。
開始早々、予想を超えた展開で、いきなり惹きこまれる。

 主人公は、スタープレイヤーと言う存在となり、タブレットに願いを打ち込むことで10の願いを叶えられる。タブレットにはサポートキャラがおり、彼と話しながら願いを決めていくのだが、出来ない事も多い。
 例えば、誰が自分をここに連れてきたのかと言う神の様な存在について聞いても答えはないし、願いは具体的なものでないといけない。(幸せになりたいとか、抽象的なものはダメ。)
上手く願いを使うなら、例えば食事が欲しいと願うのではなく、食材のいっぱい(具体的に指定)詰まった冷蔵庫の置いてある家が欲しい、と願う方が効率が良い、など。
 主人公は10もあるのだから、と最初にまず住むための家を願う。
自分の住んでいた家をここに持ってくるよう願うのだが、ふと住んでいる両親が一緒に来たりはしないか心配になる。
サポーターはそう願わない限り、勝手についてくる事はないと言うが、そこで主人公は『命あるものをここへ呼ぶ事も出来る』と知る―。
 で、最初に私が思った疑問。
主人公は上記の事に気を取られ突っ込まなかったが、家を持ってきたなら、元の世界でその家は消えてなくなるのでは?両親、困らないの??それとも同じもの、と言う注文?
―実はそれも意味のある事でした。(後々わかって戦慄した。)

 さて、主人公は次に害獣が怖くなり、家の周りに大きな庭園と壁を作ります。(最初に家と一緒に願えばいいのに…。)
そして自分の姿を変える。若く、美しい姿に―。
 そこから何をするのかと興味津々で読んでいたのですが、最初の山場。
主人公はかつて通り魔に遭い、足を不自由にしていたのです。
自分の姿を整形する時に、ついでに足の不自由も治してもらったのですが、主人公は願いを使ってこの世界に『誰だから知らないけど、自分を襲った犯人』を呼び寄せます。
 おおお、サスペンス!なんと言う復讐劇。
主人公は庭を作った時、鳥籠の様な檻を一つ作っていたのです―。
まさかSFにしてこんな方向に話が及ぶと思わず、ますます引き付けられました。おもしろい。この話、展開が読めない。

 そして望み通り呼び出される犯人。
しかし犯人は姿の変わった主人公を見て、自分が何のためにここに捕えられたのか考えにも及びません。主人公は、犯人に自分のやった非道な行為をすべて思い出し詫びろと迫るのですが、犯人は…犯人は悪い事をしすぎていて、ひとつも主人公を襲った事など思い出さないのです。それどころか、すぐに助けが来るとでも思っているのか、平気で嘘をつき、主人公を馬鹿にしたような態度。
 主人公は絶望します。
犯人にとっては思い出す事も出来ないようなどうでもいい行動が、自分の足を奪い、人生を陰らせた。そして自分の心を歪ませて行ったと言うのに…。
 そこに理由ある憎しみがあればまだ納得したのでしょうが、真実はそれよりも残酷でした。
主人公は犯人を殺せる立場にありましたが、虚しさのあまり、主人公は犯人を殺しもせず、願いを使って元の世界へ送り返します。

 そうして鬱積とした日々を送る主人公の前に、ある日いきなり、客が現れました。
考えた事もなかったのですが、この世界に自分以外の人間がいたのです。
緊張が走ります。
 自分は無邪気に豪勢な庭(無意味に宝石を散りばめたもの)などを作って満足していたが、そこに若い女が無防備に住んでいる。
あまりにも危険な行為でなかったか?
自分の身を守る方法も考えずに、一時の復讐心に負け、あんな犯人のために願いを二つも消費している。これからはどんな願いが必要になるのかわからないのに…。

 幸いにも訪ねたきたのは友好的な人間でした。
そして彼もまたスタープレイヤーだったのです。
 彼は現地に溶け込み上手く自分の領地を切り盛りしている人間で、主人公をスタープレイヤーと見抜き、いろいろとアドバイスをくれます。
この世界の原住民や情勢の事、またスタープレイヤーと言う存在は隠し通した方がいい、プレイヤー同士でも願いがあと何個残っているかなど情報は明かさない方がいい…etc。
主人公は男の思慮深い知恵に感心し、彼の領地民たちとも仲良くなって行きます。
 複雑なのはこの世界、主人公ら以外に、何人も元の世界からの難民がいるという事です。
全員がスタープレイヤーという事ではありません。
彼らのほとんどは、スタープレイヤーに呼ばれた人たちなのです。
自分がどうしてここへ来たのか、皆は知りません。
真実を知ればスタープレイヤーを憎むかもしれません。スタープレイヤー同士に繋がりはなくとも、存在そのものが憎まれる事でしょう。
何せここへは奴隷役として、あるいは慰みものとして、おおよそ個人の思いつく欲のままに問答無用で連れてこられたのですから。
 主人公はここで願いを使うのに慎重になるものの、男から決してやってはいけないと言われていた、願い事をしてしまいます。
情に負け、死んだ人間を生き返らせてしまったのです―。
 とは言え、ホラーの様なしっぺ返しが来るのではありません。
怖いのは生きている人間の方です。
主人公がその様な力を持っていると噂が広まり出します。
ならばあいつも生き返らせてくれ、あいつが良くて何故自分はダメなのか、そういうトラブルを避けるために禁じられていたと言うのに。
 スタープレイヤーの願いは倫理観なく発揮されるものですから、だからこそ慎重に事を進めなければならないのです。

 そしてやがてこの世界の戦争に、彼女は巻き込まれていきます。
 実は最初にいつでもこの世界から帰る事が出来ると聞いていたので、10(9。最後の一つは元に帰る用)の願いを楽しもうとしていた主人公でしたが、一人で使うには十分な数の願いも、皆のためとなると全く足りません。
そしてもし相手がスタープレイヤーなら、自分が接触を望まなくても、どんな風に利用され、巻き込まれるかわかりません。
 この頃には主人公は、自分の姿を変えるのに願いを使った事すら早計だったと感じ始めます。
無邪気に美を追い求めたこの姿は、スタープレイヤーを知る者にしてみれば、願いを使った容姿だと全身で表しているようなものです。
 実は主人公が男にいつの日か元の世界に帰ると言った時、男は思いもかけない事を説明しました。
この世界には元の世界の誰でも連れて来る事が出来る。死んだ人間も生き返らせる事が出来る。そして元の世界ですでに死んだ人間をもここへ連れて来る事が出来る。
―さらに何歳の時点の誰、と言う指定も出来る―。
 そう、男はほぼ100%確信していました。
この世界に来るものはすべてあちらの世界のコピーなのです。
 家を持ってきてあちらの世界で事件にならないか?何故過去の年齢を指定した人間を連れて来る事が出来るか?
そのすべての答えがこれです。
だから自分たちも例外ではない、と。
 自分たちは、元の世界の人間のコピーだ。
元の世界に帰れるなんて大ウソだ。帰りたいと願えば、自分は消されるだけ。
そうでなくば自分が消えている間に元の世界が混乱していないなんて事はあり得ない。
単にオリジナルが元の世界で生き続けているから、元の世界に何の影響もないだけなのだと。
 主人公は愕然とします。
もはや帰る事もならぬ―。

 やがて主人公の前に、スタープレイヤーに連れてこられ、人生を弄ばれた一人の男が現れます。
またこの男が悲惨と言うか、非常に気持ちの悪い目に合っているわけです。
 その男は有名な俳優だったのですが、ある日いきなり大人数の若者たちと一緒に、見知らぬ世界に連れてこられます。そこで指示された学校や職場に通い、生活しろと命じられる。
箱飼いされたような世界の中で、男は同じ境遇の女と恋に落ちます。
 それはそれで幸せにやっていた男なのですが、ある日自分の目の前に、この世界の神の使者だという男がやってきます。
そしてすべては秘密にしろと、地下へ連れていかれ―ゲームをやらされるのです。
 これで怖い展開を想像するのですが、実際は普通のTVゲーム。
神の使者は男をゲームの対戦相手に選んだのです。
あっけにとられる程、子供のようにいろんなゲームで自分と遊ぶよう強要される男。やがて二人はすっかり仲良くなり、地下で秘密のゲームをし続けるのですが…。
 お前にだけ教えてやる。
唐突に神の使者が言い出しました。
 お前の好きなGFのあの娘、あれは自分の大叔母だ。75歳の。
大叔母は毎回違う若い娘の姿になっては気に入った男をこの世界に取り込み、飽きるまで恋愛ごっこをする。
飽きたら連れてきた人間毎リセット、消してしまうんだ。
お前も攻略済みだから、もうすぐ消される。と。
 勿論信じられないような話でしたが、男は神の使者―実は普通の少年(中身は中年)の見せる数々の証拠を目の当たりにし、とうとうGFにナイフを向けます。
 しかし…男はGFの演技に騙され、彼女を、スタープレイヤーである老女を殺す事が出来なかったのです―。
 老女はプライドを傷つけられ、最後の復讐をしました。
元より寿命は尽きる寸前。
ここで、この世界に自分か連れてきたすべての人間、及び自分を、彼一人残して消去して退場したのです。
 一人、誰もいない世界に取り残された男。
男は俳優でした。
気の狂いそうな孤独の中、タフガイと言う役を作り上げ、演技に徹する事で生き延びます。
 やがて囲われた世界を捨て、当て所もない外の世界へ旅立つ男。
ようやく現地人と会えたそここそが、主人公らが、争いに巻き込まれつつあるこの周辺諸国なのでした。

 スタープレイヤー憎し、と言う居て当然の存在。
彼は敵国側で主人公らをあの手この手で罠にかけようとします。
その他にもスタープレイヤーはおり、亡命の王子等も加わって、物語は息つく暇もなく一時の終焉へ―。

 たまたまこの時は主人公らの勝利で平和が戻ります。
しかし本当にたまたまと言える気がします。願い事は一つを残して使い果たした主人公。
何せ外にはまだ国があり、スタープレイヤー同士で作ったという国家すらある。
 このお話、続けようと思えばどこまでも長編で続けていけるようなお話です。
スタープレイヤーでなくとも、どの人間の半生もとにかく興味深いのです。
 単なる戦争、異世界ものとしてだけでもネタが尽きないのですが、そこにスタープレイヤーと言う独特の知能ゲーム、スリルも付きまといます。
 人は死ぬし、残酷だし、肉体的にも精神的にも、痛い目に遭う。(恒川さんのいつものホラーの描写よりはずいぶんソフトではあるけれど。)
けれども主人公の愚かさから成長から、そして物語としての先を、貪るようにして味わった作品です。
 主人公は賢くはないけれど、ラストでは元の世界の様な鬱屈とした表情はなく、生き生きとこの世界を受け入れていました。強くなっていたのです。
あるいは本来の自分を取り戻せたのでしょうか。

 こうも違ったテイストで、またここまでの作品を出されると、恒川さんの多才さを感じざる得ません。
単純に作品としてだけでも衝撃的なおもしろさなのに。
 文句の付けどころがなかった一冊です。
華氏451度

 ディストピアもの。
書物が悪とされ焚書の憂目にあう世界。
 ブラッドベリのこう言うジャンル、読んだ事無かったな。
こう言う時、主人公は本を守る方だと思いきや、なんと主人公の方が焚書係の人でした。(公務員)
 また主人公は本を燃やす事にやりがいとか、誇らしさすら感じている模様。
しかしある日、本を隠し持ち、最後まで本と共にあろうとした老女を家、本ごと燃やし殺してしまい、主人公は急激に揺らぎ出す。
 何故本を燃やすのか。
太古の時代、火に関する公務とは、家を燃やすのではなく、火の付いた家を消火する役目だとも聞いた。
職場の上司は、本は身の為にならない思想をもたらし、人に不安を与える存在だ。人の心の内に芽吹いた思想が、やがて多くを巻き込んで争いに転じる。だからそんな不確かなものに平穏な生活をかき乱されぬよう、本を滅すべきなのだと言う―。
 この世界の人間たちは、毒にも薬にもならない娯楽番組を、ラジオやTVで受け身で与えられ続けている。
頭を使う事と言えば、どうでも良い事柄を記憶して競いあったり、国が影響がないとする情報をこねくり回すのみ。
特に本の中でも哲学や宗教、科学的思想等は危険とされ、かつてその道の専門家である教授や研究者たちは、sっかり居ないものとされ世間の片隅に追いやられている。
 主人公はかつて、本を持つ男を仕事上で見つけ、何の気無しにその男を見逃してやった事がある。
あの男こそは、書物の知恵を持つ人間だったと、主人公は救いを求めるように男の元へ訪れ―。

 主人公は結局、隣に住む危険思想一家の娘と親しげに言葉を交わしたり、本を隠し持つ知識人の男と焚書を食い止めるための計画を練ったり、この世界における反政府的な思想をもつ者となります。
 ただし、主人公は本に、その一篇の詩に魅せられたとはいえ、やり方がまぁ稚雑。
本がもたらす何かを感じ取った割には、知的には遠いと言うか…。
 何せ本がご禁制と解ってるくせに、家に溜めこんだ本をあっさり妻に見せる。
妻はバリバリの受動態人間で、国から仕事をもらい稼いでくるはずの夫が、反政府的な動きを見せる事を罵ります。
普段からこの妻と心が通い合っている様に見えないんですが、何故妻と分かち合おうとしたのやら。
 しかも、半ば脅迫です。『この家に本があるんだからもはや仕方ない、お前も私と同じ問題を抱えるのだ!』と言う態度。
押しつけに本を読んでさえ聞かせます。
 勿論妻は理解出来ないし興味もない。ただただ、平穏な生活がこれで永久に失われた事に絶望するのです。
 極めつけに主人公、妻の友達が集まってるホームパーティ上で、彼女らのあまりの話題のくだらなさに、『お前らは本を読むべきだ!』と本を朗読開始。
…この世界で犯罪行為なわけですよ?
 とにかく思考が若い。熱い。
その情熱こそが正義と思い突っ走るのです。(これで中年くらいのはずですが、本と言う嗜好にかぶれ始めだからこんな思春期の如く衝動的なのでしょうか。)
 これに関しては妻の方がよっぽど頭が働き、『夫は本を焼く仕事をしているからこうして本がどんなに下らないかを教育するために、仕事場から本を貸し与えられているのです。本がどんなに下らなく意味のないものか、皆さんもお分かりでしょう?』と友人たちを煙に巻く。
 まぁそれすらも台無しにして、主人公は『お前らは低能だ』とばかりに怒りを撒き散らしパーティーをめちゃくちゃにしたため、当然の事ながら密告されるんですけどね。

 妻にも捨てられ、密告の果てに上司と元仲間から、自宅の本を家ごと焼かれる主人公。
そして主人公自体、もはや犯罪者です。
 そこでとち狂った主人公、仕事で使っている火炎放射器で、自分を追い詰める上司を―なんと焼き殺します。
逃亡開始。
 逃亡中、どうしてこうなった、と反芻する主人公の中で、上司はきっと死にたかったんだ、などと言う妄想も入り込み、こうなってくるともう主人公に同情出来ません。この世界観なりに、許せない犯罪者にしか見えない。
 本が世界を、内面を開く物としている我々の世界から見て、確かにこの作品の世界は歪んでいますが、事実、本によって思想を植え付けられ、とんでもない不幸を巻き散らかす―主人公自体がこのディストピアに指摘された通りの事をしているわけです。
 逃亡途中で、主人公は弱音を吐きます。
ついこの間まで幸せだったのに、本を知って人生がめちゃくちゃになった、と。
もうね、本のせいと言うかなんというか…。
 何にせよ、本がもたらす思想にかぶれる―その事自体の勧誘にも似た圧迫感とか独善とか、そのうっとおしさがひしひしと感じられるのですね。
この主人公、本をリスペクトしていると見せつつ、逆にネガティブキャンペーンうってないか?と言うくらい本に関しての両極端な物を見せつけられる。

 そしてそれだけでなく、逃亡した主人公を迎え入れるホームレスたちの正体。
実は彼らは、かつて学会や知識人と言った層に居た人物たちで、圧政の街を捨て、深い森や枯れた大地で生きる事を選んだ人たちなのでした。
彼らは独自のネットワークを持ち、一人ひとりが自分の好きな本を記憶して、誰にも奪われる事のない『生きた図書館』を作り上げている。
必要な時に、お互いで本を語りあう―主人公はしかしそれをすべて受け入れかねるのか、自分は一冊の本もそらんじる事は出来ないし、本にかぶれ始めただけの存在だと、戸惑いを見せる。
そもそもここへ辿り着いたのも、逃亡の果てであって、自ら望んできたわけじゃない。
 しかし彼らは主人公を有望な仲間として迎えるのです。
 そして皮肉な事に、突然始まった他国との戦争によって、逃げて来た街が主人公らの目の前で爆撃され、街は壊滅状態に―。
主人公らは、誰ともなく打ちのめされている街へと歩を進めるのでした。

 恐らく彼は遠からず知識や知恵、本がもたらすものに明るく目覚め、信念を持って生きて行く事となるのでしょう。
ただ、一瞬にして国を捨てます、本が命ですと言う風にはならない。そこがこの世界に敷かれた常識の厚みのなのでしょう。
 ディストピア物はただただ暗いばかりと言うイメージなのですが、この作品はそうとばかり言えません。
それは主人公側の希望だとか、そういう部分よりもむしろ、ディストピア世界なりのルールや思想が、それはそれで罷り通る事に決して違和感を感じないからでしょう。
 本は確かに毒にも薬にも、あるいはそれにすらならないものもあるでしょう。全ての行動が人の心から起こるものだと言う限り、たまたまこの作品は本をフィーチャーしたに過ぎない。
 あまねく文字や視覚や、そんな伝達情報の中で、何故TVやラジオではなく、本であったのか。
古い時代の作品と言う事もありますが、本はシンプルにして情報の礎であります。
 例えばこの現実の世界で、本やTV、ネット、もしそれが完膚なきまでに規制されたら―?
すでに国により、あるいは大なり小なり情報操作だってあるわけです。
だからと言って、私たちは自分の住む世界を、絶望の世界だと決めつけるでしょうか。
そういう意味で、このディストピアは、気付いた者にとってのディストピアで、気付かない者にとってみれば極当り前の日常なのではないかと。
 人は日常を送るために、いずれ太陽は死ぬとか、地震があったらとか、そういう大きな不安を無視する『能力』を持ちます。常に天が落ちてくる不安と共にいられないのです。
どんな生き方がより良いのか、そこをまた考えさせる作品でもあるようです。
 この作品が時代を越えての名作と言われているのは、いつの時代にも同じ問題が抱えられているからなのでしょうね。
確かに名作でした。
仕掛け花火
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(1992/12)
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 星新一、阿刀田高や綾辻行人、有栖川有栖らが絶賛の若手ショートショート作家と聞けば、一度は読んでみたくなるでしょう。
なるほど、捻りの効いた―というよりは、個性を消してオチをクローズアップさせて光らせようとする既存のSSに比べると、ストーリー性が深くてなかなかなかった作風ではないでしょうか。
 そればかりではないのですが、印象に残るのは言葉オチとか、落語的なものでなく、不気味さや、ゾクッとする様な―ちょっと幻想的に進む話の方が多めかな。
例えばタイトルの『花火』などは、とうてい起こらない様な夢か幻かの現象で話が進むのに、それはそれでオチもあるのね。
 個人的に『猫かつぎ』が、怖かった。設定から良く考え付くと言った感じ。
『猫かぶり』と混乱したんだけど、言葉遊びからのネタだとするなら、愉快に終わろうとしてないな、この人は。
 勿論、本当に落語の様にスカッと意味も無く「可笑しかったでしょう?おしまい」的に終わる話もある。(自宅へ帰れない男の話とか。)
 味付けは個人の好みでしょうが、確かにショートショート。小話に長く、短編に短いと言ったネタを連発するのですから、解説にある様に、この人には『ショートショート用の脳みそ』があるんでしょう。どれもこなれた感のある作品ばかりでした。
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スワロウテイル人工少女販売処 (ハヤカワ文庫JA)スワロウテイル人工少女販売処 (ハヤカワ文庫JA)
(2010/06/30)
籘真 千歳

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 人々が妖精型の人工生命をパートナーとして持つ近未来。アンブレラと言う殺人鬼を追って、主人公とパートナー妖精の物語が幕を切って落とされます。
SFにして捜査物と言う二度美味しい感じの設定ですが、絵のせいか、某漫画を思い出した…。小っさい人がパートナー…。
 ―って思ったら、小さくなかったよ!普通の人間サイズでした。
しかも主人公と予想した刑事は主人公ではなく、人工妖精の方が主人公でした。
あら…。

 序章。
とにかくこの人工妖精が、どこか特別で感情が壊れているんだろうなと言う描写が続き、暗い話か、今時のアニメ好みの話かと(実際にアニオタノリもある)適当に読んでいたら、いきなり次の章、妖精の親である博士との会話から雰囲気ががらっと変わり。
 前の章で『魔女』なんて呼ばれながら、凄惨な殺人現場で人工妖精の口寄せ(良く考えた。つまり機械のメモリ復元の様な)を行う、黒い羽を持つ異形の主人公は、すっかり明るくギャグ的に。
ぇ…。
前の章では雰囲気作りしていただけでした―。
 おおおお…ちょっと肩の力が抜けたよ!

 人工妖精はつまり、ロボット三原則プラス二原則を組み込まれた精緻な生命体と言うわけで、精神的な部分もプログラムされています。
しかし感情や自我という、どこかで必ずあるだろう彼らの反乱事件等も経て、この時代、人工妖精へのルールも明確化されています。
 そんな中の落ちこぼれ、主人公揚羽は何が落ちこぼれかと言うと、他を殺す事が出来ると言うストッパーが壊れているのですね。
今はこの世界でも天才的な博士の所に身を寄せて生活をしています。
揚羽の存在は公になっていませんし、人工妖精は人に乞われて身分を与えられているので、こう言う事も可能なようです。
 で、揚羽自身は至って謙虚で、自分を馬鹿で出来の悪い醜い妖精だと思っており、それでいて明るく正直な性格なので、自ら進んで犯罪者となる様な者を消す、殺し屋的な汚れ役を担っていると言う具合。
 博士はあまり良い顔をしませんが、この博士、口の悪い俺様姉貴です。でも子供みたいな容姿―。
???幾つ?ロリ幼女中身天才設定ってまた…。
 書き忘れましたがこの世界、本物の人間は急速に広まった病気のせいで、男女完全に別々の地区に住み分けています。キャリアを持った異性同士が接触すると、発症するようです。
舞台はそんな男性生活区。
(なお、病の因子に感染していないノンキャリア組は今までのように日本本土で普通に男女混じって暮らしており、ここは東京湾上にある特別区。)
 この特別区の中で、異性に見えるものはみんな人工妖精なのです。
つまり、異性と触れあえない人間のために、男には女型、女には男型の妖精があてがわれて生活しているのですね。
なるほど…人工妖精はフィギィアと呼ばれるのですが、何と言うアレ感…。
 また、ロリ博士は特別な才能の持ち主で、いわゆるフィギィアの原型師。許可されて普通は行き来出来ない男女区の境界を自由にまたげます。
 さて、そんな中、博士の元に儚げな人工妖精を連れた一人の少年が訪れます。
人工妖精を助けて欲しいと願い出る少年ですが―。
 第二章はこの二人の何とも切ない恋の話に始終するのですが、もう終わりがけはダダ泣き。
 アンブレラとも関わってくるのですが、とにかく設定が上手く、この小説世界のルールに合わせた中で、起こるべくして起こった歪。それにどうしようもなく翻弄される人々。舞台装置が完璧です。
 この世界、病気がなんだ、本物の男女で番う事こそ自然!と言うナチュラリストの団体や、日本本土が閉鎖された特別区を持て余し、常時圧力をかけてくる政治的武装集団や、自治区の中は自分たちで守ると言う自警団等、そういった社会情勢もあるわけです。
また、隔離された事を理由に、贅沢で破格の保障がされる特別区。隔離した側、された側の、壁的な意識―。
 第二章の話で、てっきりすっかり終わったと思っていたこの作品。しかし、あれ、まだページが残っている…?

 第三章ではまた雰囲気ががらりと変わり、一連続殺人事件だったはずのアンブレラから、事態は国全体を揺るがす陰謀の渦へ―!
すごい…この残り第三章でこれをやるのか?!
 しかもまた…やはり起こるべくして起こっている事態。
 この話、最初の方から、さらっと在って当り前の設定や単語が、キャラ達には常識なので、あえて説明されずに進む事もあって、読み辛いなぁという所があったのだけど、そのどれもこれも、第三章で明かされるいろいろな話に関わっていました。
 伏線と言うのではないのだけど、聞いて納得、病気の内容とか、人工妖精の性格プログラムとか…。
 特に博士の明かされた過去とか、揚羽の存在価値、いつも揚羽に情報を流してくれていた人物の正体や、自治区の女王の存在―。
政治的なものとしては、天皇制が敷かれている日本だから理解しやすい勢力図だったのだけど、これも上手かったなぁ…。
 正直、ここまで読ませてくれる作品だとは思ってませんでした。
 
作中、揚羽のイメージからか、ボーカロイドの『ブラック★ロックシューター』が頭の中を駆け巡っていたのですけど(作者は本編を知らないアニソン好きだそうで、その気持ち、解る。)、まさしくアニメ的、でも一作品として実に完成された美しいお話です。
 文句無し、大満足の一冊。