元モンスター描き。 諸々の感想と近況ブログです。   since2005.05.15
北朝鮮に嫁いで四十年

 タイトル通りの手記。
脱北しているから本も書けるのでしょうけど、なかなか衝撃的なお話の様です。
 さて、しかしまず最初に衝撃的だったのは、彼女の朝鮮人の夫との出会い。
ダンスホールで出会って、無理やり送られ、危ないなぁと思っていたら案の定本当に家まで送られてしまい、家を知られる。(その前に名前や仕事先まで聞かれている。)
 その後何日も張られて待ち伏せされる。(やだ怖い。て言うか本人もゾッとしたらしい。)
 本人のいない間に勝手に自分の家で傘は借りられてるし、なのにデートに誘われつい行っちゃう。
 そしてその初デートで帰りにいきなり実家へ連れていかれ、帰りたいと言うのに帰してくれず、泊っていけと(既成事実もないが)朝帰りさせる。
 …何それ、もう怖いんですけど。
 これでお互い好き合っているならまだしも、実際本当にこの回数位の付き合いなのに、実力行使すぎる…。
 そしてここからがもっと怖くて、朝帰りを心配して彼女を探しまくる母親と出会い、今から送りますから先に帰ってて下さいと母親を追い返し、あげく「僕は朝鮮人だから君との仲を邪魔される」と言ってそのまま彼女を実家へ強奪。数日住まわせて、その間にとうとう既成事実を―って、彼女、抵抗しないの?!うわー、半ば犯罪でしょ?!
 …まぁ当人もはっきり断らずどうしようどうしようとおろおろするだけで、結局結婚しちゃうんだからよくわからん…。当時的にもう朝帰りしたら終わりだと言う感じだったんだろうか、不明。
 なお彼女は後から後から湧いてくる不幸エピソードの度に、とにかく人に酷い事をされても、言い争ったり喧嘩したりやり返したりと言った形跡がない。
退職金を持ち逃げされても「まぁあの人もお金がなかったから仕方ないな」とまで思う。人を恨まないのは凄く良い性格をしてると思うんですが、もう通り越して馬鹿正直じゃないですかね…。
 反してその後夫はクズエピソード満載で、暴力は振るうわ、実家へは帰さないわ、出産時放置…でもやはり彼女は事ある毎に夫が可哀想と別れない。―ので、何のかんのと恋愛結婚…でいいのかな?
 まぁ、何にせよ衝撃の始まりです。

 で、ある日いきなり夫が一家揃って北朝鮮へ還る!と言い出し、義母は奥さんに日本に残るか聞いてくれたのに、夫は絶対連れて行くとして、これも彼女は唯々諾々と従ってしまう。
 しかし船や汽車の長旅で付いてみたら、地上の楽園なんて影も形もなく、まるで騙されていたと言うような酷い生活が待っていたのです。
(なお夫らも騙された。)
 まず仕事も家も、すべてが決められている。
水道さえなく、川の増水で沈んでしまうような家で、他家族と一緒に暮らすという事もありえる。その家自体ころころ引っ越しをさせられ、安定しない不安の続く日々―。
(政治的な仕組みは解りませんが、それでも持家(売買禁止ではあるらしい)や自分の畑と言うものはあるようで、どこまでが国のやっている事、許している事なのかは不明です。)
 何より物資が少ない。配給以外の食料入手がやはり相当難しいようで、米どころかトウモロコシが主食、魚なんてなかなかお目にかかれない状態です。
 その配給すらも段々と減っていきますし、食べるために闇市は当たり前、自分たちも商売をして、少しでも食費を稼がなければ生きていけません。
 実際、人々は『せざるえず』、人の畑から作物を盗りますし、TVを見せてくれる人の家に入り込んでは家財を盗み、仕事場で部品をちょろまかし、切符を持たず汽車に乗り逃げる―それが当たり前の生活です。
頼りない感じの彼女も、いけない事だ、と思いながら常に罪悪感にまみれながら周囲に手ほどきを受けながらそういう事をしました。(そばに住む者たちが助け合って…盗みに行ったりするわけですね。)
 また反対に、自分たちが盗まれる側にもなります。
 その生活苦がどんな風だったかと言うのを表す恐ろしいエピソードとしては、汽車でご禁制の品物を持ち運ぶために、赤ん坊の中に商品を入れていた女が居たと言う話―。勿論赤ん坊は死んでいます。腹の中に、大してお金にもならないだろう商品を詰め込まれていたのです。この子がそのために殺されたのか、亡くなった子を利用したのかは解りませんが、彼女はそれを見て衝撃を受けました。
とにかく彼女は、子供が犠牲にされるのが信じられなかったのです。
 隣家の娘が赤ん坊を堕ろした時も、頼られても恐ろしさのあまり助けてやる事が出来なかったと言う話では、何とも言えない切なさがありました。
 彼女は勿論自分の子供たちもとても大事にしていました。(子供は6人産んだそうです。)
またその強い家族愛で、家族のためと思えばどんな事でもやりました。
低賃金だろうがきつい仕事だろうが、嫌と言った事がありません。時に鉄橋や増水した川を命懸けで越え、他者に利用されると分かっていても、僅かな稼ぎのために突き進みます。
 後年、夫がどこまでひどい振る舞いをしても、最後まで寄り添ったのです。(さすがに喧嘩をしたり、別れようと決意した事もありますが、結局病気になってしまった夫を看取る。)
そんな風な夫でも、彼女にしてみれば精神的な支えでもあったようです。何でも従っていればよかった生活は終わり、彼女自身が全てを決断しなければならなくなります。
 大きくなった子供たちもそれぞれ結婚して、新しい場所でやはり苦しい生活を強いられている。
迷惑はかけられないと思うが、頼らざる得ない事もあり、日々、ギリギリに生き続けます。
 何かを作って売って、僅かな元手でまた新しいものを買って、売って―決して増えはしない微々たる糧です。
その様子は、日本の戦後を聞いているかのようでした。
 ただ、北朝鮮が違うのは、簡単に国を出る事が出来ないという事。そして公開処刑と言う見せしめがあり、国民達が恐怖で統制を強いられていた事。
 彼女はどうして日本を離れこの国に来てしまったのかと何度も後悔をします。子供ですら、何故日本に居続けなかったのかと問うてきます。

 やがて子供が刑務所に連行されたり、彼女自身ものっぴきならない生活をどうにかするため、それがどんな事を意味するのかも解らず、犯罪を犯してしまうのです。
 彼女の記憶は事細かで、特徴的な淡々とした文章で綴られているため、酷い生活でもどうにかなっていると錯覚しそうなのですが、それでもラスト近くで、ひたすらがんじ絡めになっていく彼女の行く末を祈らずにはおられない気持ちになります。
彼女が犯した犯罪とは、日本への密入国の片棒かつぎでした…。
 彼女自身は日本人なので元々保護される対象なのですが、日本へ行くために後押しした中国人(彼らも金のため)たちの要求で、彼らを自分の子供だとか、親類だとか言って日本に連れ込んでしまったのです。そして要求はどんどん膨らんでいき、次はこの人を、名前を貸せ、etc…。その度に嘘を付かされるのに、彼女はほとほと参ってしまいます。
 それに、自分の子の名前を貸す度に、もはや本物の自分の子供を呼ぶ事も出来なくなる。お互い様だと深く考えなかった彼女ですが、日本へきて、情報と言うものに触れると、とたんに北朝鮮の生活がおかしく異常であり、中国人に犯罪の片棒担ぎをさせられている事もいけない事だとすぐに覚るのでした。(このあたり、やはりこの人は根が善人と言うか…警察に通報して、自らも犯罪者として刑罰を受けたのです。)
 日本にくるまでの章で、彼女が淡々と困窮を極めた生活をしている事に別世界を見ていたのですが、彼女曰く、北朝鮮の中の人は、何も知らずに生きているから怒る事が無いのだと。
 外の世界では好きなものは何でも買え、仕事も自由で、飢えて死ぬ事もない。それを知ったら彼らはどんなに怒り狂うだろう。
偉大なる英雄と拝んでいた者たちは、実際は民も助けず自分たちばかり肥え太る酷い人たちなのだと教えてやりたいと彼女は言います。
 何故独裁国家が情報を遮断させ、一方的に統率をするのか。そして比較する対象が無い閉ざされた世界で、自分たちの虐げられた日常を受け入れてしまうのか。
この本は、それについて彼女の様に身を持って違う世界を行き来した人の目線でシンプルに、強く訴えかけていると思います。
 彼女の人生を綴った本が、国や文化、世界の広さと人一人の視界の狭さを、こうも明確に提示してくれる教材となるなんて、とても意味のある執筆だったと思います。
 彼女の人生がこの先、穏やかで幸せなものになる事を願わずにはいられません。
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