元モンスター描き。 諸々の感想と近況ブログです。   since2005.05.15
なぜ日本人は戒名をつけるのか

 以前に『父の戒名をつけてみました』を読みましたが、その本の事も書いてありました。
聞けば聞くほど怪しい世界です。戒名ビジネス。
 確かにこう書いちゃうと、形のないものにお金を払いすぎなんですよね。大体仏教は皆平等、戒名に上下があるかと言われればそりゃおかしな話で、仏教に疑問を抱く流れだわ。
 ―とは言え、これも日本の中で融合してこういう形になった仏教の一部であり、宗派やそれこそ寺によって差異はいろいろあるでしょう。
それになにより、寺も稼がねば潰れるわけで、潰れたら仏教徒たちが自分自身で困る事となる。そう言われれば戒名でお布施集めは理に適っているとも。
 そう、あれは名前を買っていると言うよりは、お布施なわけなんですねぇ…。

 そもそも本当に仏教徒、その宗派を解りもせず適当に手を合わせている人間が、死んだ時だけ行事だからと仏式で葬儀を上げて戒名もらうのがおかしいわけで―。こう言うのが日本人だよなぁ…。
 無縁仏とか、成仏出来ないとか脅されると弱いけど、かと言って仏様をけなすわけでもなく、でもでも信仰してるわけでもない―自分も含めてそういう人は多いと思う。
 まぁぶっちゃけ真面目な意味で、ちゃんと信仰していない存在に死後をどうにかしてもらおうと言うのもむしが良い話で、ならせめてお金で済ませようと思い切るか、申し訳ないので供養してもらわなくても結構ですと直葬希望か、どっちかにするべきなんでしょうね。
 或いは完全好みで良いのなら、神式とか他の宗教葬儀でもおかしくない。結婚式なんてもう好みしかないじゃん。
日本じゃ霊園、墓の問題で即仏教に結びつくだけで…。

 まぁ自分が死んだ後の事は把握出来ないのでどうでも良いとは言え、自分が送る側だとね。
私的には戒名など要らない、墓も微妙派なんだけど、ここに兄弟親類絡んでくると共通認識として広まってる仏式に収めるのが楽な流れではあるんだろうな。腹の底で納得してなくても、和と言う考え方が出てくるとね。
戒名を買う(あえて)も、そんなものなのかもしれない。
 本気で信仰する人はお寺にお布施をたくさんして、だからこそ位の高い戒名をもらうだろうから、戒名の値段の違いや平等の観念を考える事はないのかもしれない。よく知らない人はなおさら疑いを持たず。
 ただこの本の中に戒名に、値段や位の上下どころか、差別的な意味を持つ戒名と言う存在の事が書かれていて、そんなものがあった事に驚く。
とても仏教の教えの中とは思えず、きっと日本の仏教ビジネスの中で発生したものだろうとは思うけど、これを聞いて正直、戒名など要らんと言った思いが一層強くなりました。(実際他国の仏教に戒名があるかと言われれば…。)

 実際問題、神や仏に手を合わせる態度は持ち合わせていても、戒名だとか或いはクリスチャンネームだとか、もらっても嬉しくないし、むしろ欲しくない。
名前ってそれだけ大事なもので、気に入らない名前で呼ばれるのも嫌だし、ある日いきなり与えられた名前を、何かしら思う所がなければとうてい愛せるとは思えない。(いや、戒名は死んでからだし、クリスチャンネームは意味合い的に違うけど。)
その何かしら思う所と言うのは、そこが信仰や畏れの部分なんだろうな。

 自分の死んだ後の事は解らない、はたまた自分が送る側なら、それが亡くなった人の『供養』と言われると強く出れない―ここら辺の気持ちを、本当に理解して導いてくれる人が執り仕切る葬儀に、どうせならお金を払いたいもんです。
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