元モンスター描き。 諸々の感想と近況ブログです。   since2005.05.15
量子怪盗

 えー、もうこのタイトルだけでドキドキするんですけど。なかなかない組み合わせの単語だと思いません?ただ原題がクォンタム・シーフなので、シーフと聞くと…怪盗と言う単語と釣り合っていないのがちょっと。ないの?怪盗的な単語。
直訳だとイメージ的に量子泥棒、量子盗賊、だよね。

 しかしもうね、設定が凄すぎて、世紀の、いや宇宙の大怪盗が精神だけで囚われている檻の中、いきなり彼の前に超戦闘能力を持った美少女が現れて、さぁ、脱獄しましょ―と、ちょっと美少女と言う単語の乱入に萌えジャンルじゃあるまいなと警戒しちゃった。
そしたら後書きにも日本的な萌え要素をぶち込んできて云々…みたいに茶化して書いてあったので、あ、そう思うのは自分だけじゃないんだとちょっと安心。
 この本、設定からわかる通り、いやそれ以上にガッチガチのSF。SFは好きな方だけど、久しぶりに読んだらこのノリについていくのに相当脳みそのウォームアップが必要でした。
 えーと、まずエログロが若干あるのはいいや。これはSFと関係ない。
ただ、この世界、主人公が精神だけで囚われていたと言う事からも解るように、万物なんて皆精神の乗り物、人間の命は記憶の積み重ねよ、みたいなもので―つまりはPCのハードとソフトのイメージなのね。姿なんて自由自在。命は記憶の継続性。
記憶もアップロードで瞬時に共有出来たり、コピーしたり、ハッキングで情報を取り合ったり…。
 主人公も牢獄の中で何度も死んでは、コピーを作られ、そもそも自分がどのコピーの自分なのかもあやふや。脱獄してから新しい肉体を与えられたが、それも原子を組み合わせて作られた精巧なもの。
 例えばこの世界で人の死と言うものは時を使い尽くした事を言う。時間が底を尽き死ぬと、何かしらの物質に入れられ、ひたすらに何の自由もなくその物として働く事となる。
働いて金(この世界では時間。これで生きていられる=自由な肉体を持つ)を稼ぐまでは人間として文字通り存在していないわけ。
乞食は時間をお恵み下さいと、時持ち(金持ち)たちに群がる。
 或いは殺された人間が、そこら辺にある物質の中にその精神を一緒に構築し直されて、一つの物体にされてしまい、気付かれず放置されている―。
などなど。
 この世界特有の怖さや厄介さ、命の境目が曖昧な部分、時間が財産と言う価値観、こう言う『独自世界』の設定有りきの正統派SFでもあるのね。
 
 ―まぁ、このルールを飲み込む、ここまでがしんどい。
読んでいてもそう簡単に概念を想像で超えられないし、新しい単語を覚える煩雑さ。そこはどうしても超えないといけない最初の壁になります。
 描写としても、チョコレートに練り込まれたパティシエの死の記憶…とか、気が狂いそうになるよ。シチュエーションも怖いけど、解釈が、いや、理解が追い付かなくて。
 逆に今は時を無くし、再び稼ぐまでは働く機械として存在している父親と会話(言葉は交わせない)するシーンなんかはグッとくるし、煌びやかなパーティで、流れる砂自体がドレスになっているなどの描写はビジュアル的にもうっとりする。
 他、私が大好きなSF設定のひとつに、宇宙船に女性の精神体が入っていると言うのがあるのですが、この作品にもありました。
 とかく、SFの良い所悪い所全部詰まっている世界です。

 時が経つにつれ、大作を読む読書力が衰えて行くもんで、なんとかかんとか、雰囲気やイメージを必死で掴み読み進めて行くわけですが、実はこの作品には怪盗に対する探偵も出てきます。王道、華麗なる対決―と言いたい所ですが、如何せん探偵が若すぎて頼りないかな?
 ホームズへのオマージュはやたらとこの作品に出てくる、その割に、探偵はそう万能キャラでもないんだよなぁ。
 実際の所、怪盗の手口は鮮やかなもので、このSF世界のルールを逆手に取り、時が尽き、物体へと転生処置される人物の時を死ぬ直前に少しだけ盗み取り、自らも仮死状態で同じ死体安置所に潜り込む。そこで蘇生、ターゲットへ時を返し、生き返らせて接触を図る―など『ならでは』の展開が多く、ある程度まで読みこなせると面白い部分が増えてきます。
 最後にはこの怪盗と探偵の因縁自体も作品的などんでん返し(?)になっているし…。
 それから肝心の怪盗が狙う物、がなにやら分霊箱ネタに思えて仕方が無かったのも読後に残るな。
こうして思うと、魔法と科学は同じような事を違うシステムでこなしているんだなぁと何気に思えます。

 ところでこれ、三部作の第一部らしいと読み終わって気づいたんですが、この一巻だけで完結はしているし(エピソード引っ張ってるけど)、ややこしいと言えばややこしいので続きは…もういいかな。
久しぶりにSFガジェットに悩まされつつ楽しませてもらった作品なんですが、時間がかかった。
 それでも最初は重い、ややこしいとか思っていたけど、読み終わってみれば後半になるにつれ、意外とドタバタでもあるストーリーだなと気付けました。
 後書きが過不足なくこの作品をよく説明してて、もうあれだけで理解した気になれますね。
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