元モンスター描き。 諸々の感想と近況ブログです。   since2005.05.15
サイコパスを探せ!

 ミステリかと思いきやノンフィクションであった。
著者である記者がサイコパスをインタビューしまくっていく本。
 とは言え、最初は『心理学者たちに謎の本が送り付けられた。この本の暗号の意味する所は?一体誰が何の目的でこんな事を―?』と言う実際の事件があって、それを解いていくのかと思った。

 まぁ解こうとするんだけどそこら辺の話は最初の方であっさり終って、割と次々に話が飛びまくる。
一定のつながりが無くAと言う人物がいる、Bはこんな人物…と彼の出会った(探し出した)人物順なのか、どんどんインタビューの中身を出してくるので、少し混乱。
 慣れてくると解るのだけど、インタビューも会話形式でなく彼視点の状況説明や心理描写が入ってくるから物語や日記に思えてしまうだけで、本筋はやはりインタビューありきなのね。
 そして彼はサイコパス診断を片手にいろんな人物に肉薄する。
解り切っている犯罪者だったり、または大企業のトップだったり。
犯罪者にサイコパスが多いのは自明の理としても、意外と政治や経済を動かすトップ集団にサイコパスが多いと言うのが興味深い点だった。
 とは言え、状況だけを見ればサイコパス的性格と言うのは人を引っ張っていく立場の人間の特徴とも確かに一致する。
過剰な自信、魅力的なふるまい、惑わされる感情がない、等。
 この話の怖い所は、サイコパス診断を知ってから、作者は出会う人物全てにこれを当て嵌めるようになった事。
そしてほとんどどの人物にもサイコパスと思える点があるし、また自分にすらその項目がいくつも当てはまる。
 ところがサイコパスと思える人物に対してそう身構えると、またすぐに正反対の一面が見え、この人は信頼に足る人物だと考えてしまったり、いや、それは魅力的に振る舞うと言う項目に合致するからやはりこの人はサイコパスだ―と、目まぐるしく変わる万華鏡の様なパラノイアの色彩に、すっかり巻き込まれてしまうのだ。

 そもそも精神病の判定に関しては、堂々巡りに陥る事請け合いの疑念がある。精神病は現在300を超える数が設定され、それだけあったら誰でもひとつやふたつ精神病と言われるのが当たり前だろうし、まともな精神状態(どれにも当てはまらない)なんて人間の方がもはや稀で、変わり者扱いを受ける気がする。
 つまりサイコパス診断も、果たしてそれが正しいテストなのかどうか自体、疑う余地が残されている。
 更にこの手の診断を素人が判定するのが難しいと言う部分もある。
狂っている人間も、狂っていない人間も、両者『自分は狂っていない』と言うものだしね。
(一度狂ってるふりをしたが故に精神病院から出してもらえなくなった―とか、ホラー映画だわ。)

 著者は言う。
自分は狂気を追っているのだと。
 作者は同時に狂気に追い詰められながらも、記者として、『記事になるのはまともな事柄でなく、狂気である』と考えたからだ。
時にありのままに書きすぎて、著者自体の精神状態を心配しそうになるが、それは著者よりも明らかにまずかろうサイコパスたちの言動を見る事によって、ほんの些細な事に感じるようになる。
 もう著者のインタビューした人物たちを見ていると、狂気そのものや、薄らぼんやりとした得体の知れない違和感、読んでいてこの世の人間の心の内が信じられなくなるような、それと同時に自分は狂っていないか、ヤバくないのかを始終問いかけまわりたくなってきます。
怖くて冷酷な現実の本です。
 何が怖い?自分も含めた、人の、心。
本人すら認識していないかもしれない、心の、奥底。
そしてそこから目を離せなくなる圧力と―。

 最後の最後にプロローグでもあった例の本の話にもう一度戻ってくるのだけど、正直そこですべての理解を超えたと言うか、真意がまるで分からなくなった。
 『存在か無か』と言うキーワードの重みは感じるのだけども、我々はもはや決して他人と『同じもの』を見る事はないだろうと思わせたのはこの本そのものではなかっただろうか?
 そんな読者にこの謎の本と過ぎ去った十数年を突き付けるのが、最後の一押しの狂気に思えた。

 なおこの著者の作品は、こういう話がノンフィクションなのが怖いとか、それを映画化したら何故かコメディ作品になってるとか、原題に対して翻訳がぶっとんだタイトルすぎる等、もういちいち何かしら尋常ならざるものを感じて身構えてしまう。
吸引力はあるけど、近づきたくないブラックホールの様なイメージと言う所か。
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