元モンスター描き。 諸々の感想と近況ブログです。   since2005.05.15
とっぴんぱらりの風太郎
とっぴんぱらりの風太郎とっぴんぱらりの風太郎
(2013/09/28)
万城目 学

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 6センチくらいはあるんでしょうか、この本。分厚さが。746Pか…ハードカバーでこれですよ、相当に腕の筋力が要る読書となりました。
万城目さんやってくれる…。
 1VS10万人の忍者対決というおぼろげな『それしか認識のない』あらすじなんですが、何と言う面白そうな響きでしょう。忍者ってのがまた堪らんですね。

 さて、主人公は冷酷非情なエリート忍者集団に属する一人の忍者。
が、手練でもなく、野心があるわけでもなく、かと言ってプライドだけには溢れ、常識はあっても正義感はない方だし、殺しは気が進まないが仁義にも厚くない。
悪い人間ではないがどちらかと言うと自分が生き延びるために、仲間を捨てるのも当り前と思っているタイプと言う、自分の命が惜しい、極々普通の観念を持つ男です。
 たまたま生き伸びてこれただけの一介の忍者なのですが、運もそう良くはないようで、あれよあれよと小さな不遇が重なり、気が付いたら里を追い出される事に。
抜け忍とはされず、死んで居なくなった者として放逐される主人公。
 それでも妙なプライドを持ち、自分はまた忍びの里に呼び戻され忍者で有り続けるのだと信じ、都でだらしのないニート生活(主人公の名前が風太郎とかいてプータロー)を送る事2年。
共に放逐された忍者仲間は、あっさりと金儲けをして成功していると言うのに、主人公は口だけで腐った生活を続けている。
 そこで妙な瓢箪を手にする事となり、主人公は瓢箪の精霊の様なものにあれこれ操られ出す―。

 瓢箪は時の権力者、豊臣家の旗印であり、ああ、ここから奇想天外な出世物語か!
―と思いきや、この瓢箪の精霊、やる事なす事、主人公にはさっぱり理屈が解らないし、そもそも出世させてやるなんて約束はまるで無し。
むしろ主人公は早くその瓢箪と手を切りたい。
 コメディにも出来るような軽口の掛け合いで、最後まで気が付かなかったんですが、考えてみればこのお話、どこにも陰陽で言う所の洋の要素が見当たりません。
 ファンタジー的な部分はその瓢箪の(何の助言もくれず命令ばかりしてくる)精霊のみで、他は仕事も与えられない、自分が捨てられた現実を飲みこめない自称忍者の底辺生活が基本のお話です。

 忍者となるため集められ、共に育った孤児の仲間たちからは、『自分ひとりだけ、仲間からも追われずのうのうと忍者から抜けた』と恨みの目で見られたり、共に放逐された忍者からは『命も軽く切り捨てられる忍者の世界に何故戻りたいと、戻れると信じているのか』と、自分がやりたい事より、必要とされている人間だと言う自負が欲しいだけの性根を指摘されたり、決して褒められる事のない自堕落な日々を送る主人公のジレンマが溢れまくり。
 里の仲間は幼馴染であり、何十と死んで亡くなってきた中、互いに生き残った唯一の数人でありながらも、皆が皆忍者であるため、平気で互いを殺そうとさえ出来ますし、また仲が良くもない。一方共に放逐された忍者は、気は良いが主人公とは真逆に、新しい生活の中水を得た魚の様に環境に馴染み、商売を繁盛させている。
心情的にも、環境的にも、主人公には頼るべき寄り所がないのです。
 だから今まで、どんなに粗末に扱われようが、忍びの里に属する自分と言う物にしがみついて生きてくる事しか出来なかったし、今以ってその安寧の場所に帰りたいと渇望する―。
(忍びの里ではまた長がとんでもなく冷酷で、下の忍者を平気で用済みになったら消すと言う恐ろしい環境にもかかわらず、『自分の場所』の安心感には勝てないのですね。)
 少しでも自分に置き換えると居たたまれなくなる心情です。
 それでいて主人公はどうしてもどうしようもない人間とは思えない。
だらだらした生活も、必要でない限り人との関わりを絶つ事も、生きるための金への執着も、どれもこれも『普通に欲望のある人間』ならこう生きて行くのが当り前じゃないかと―、そう言う主人公の日常描写が淡々と描かれていく中、もやもやとしたものが読者へも流れ込みます。

 一方で忍者の世界はあまりにも厳しく。
戦いの中、腕は飛ぶ、首は飛ぶ。理不尽なまでに敵の命も、味方の命も、いや、そこら辺の罪なき者や自分の命までも軽い、その癖主人公は『忍者は戦う者ではない。刀を抜く忍者は下の下、真の忍者は誰にも、その偉業すら世に知られる事なく任務をこなす』と、忍者に絶対的な憧れを持つ事も無い、忍者に対して客観視が出来ていたりします。
自らが既に忍者だからと言う点もありますが、かつて自分を教えた忍者の先達は、忍者のファンタジー部分に過度な期待を持っていたがために、死にました。
 この主人公のクール…いや、ニヒルな観点は、自分が強くない事への言い訳も兼ねており、そこがまた染み入る様に痛いのです。
 主人公のニートさ加減は鏡の様に、読者の中の正しくなくはないけれど、決して褒められるものではない部分を写しだしています。

 さて、それが故に主人公をたっぷりと同一視してから、お話はどんどんと大きく、重くなっていきます。
生活のため、また断れない因縁でいろんな仕事を強いられる中、いつしか瓢箪の精霊側のファンタジーな目的達成と、人間側の戦に巻き込まれ―。

 登場人物たちは、主人公の立ち位置によっていろんな表情を見せてきます。
どのキャラにも、裏も表も有り、不思議な事に主人公が腐っている内に主人公の目で見た彼らの振る舞いは(主人公視点の文章)、どれもこれも裏がありそうで嫌な人間ばかり。けれども主人公が明確な区切りはないが、事を乗り越える度に、周囲の人間の意外な良い点もちらほら見えだす。
 終盤に至っては、まさかこの人物がここまで良い役回りに―?と言う程で、最初の評価と180度変わりすらします。(黒弓とひさご様に関しては最初から最後までいいキャラでした。)
やはり接する側の人間の度量や経験、考え方一つで、映る人物の姿は違うのでしょうね。
 また、お話として少しずつ開かされるそれぞれのキャラの過去や考え方が、どれもドラマを感じさせるものでもあります。
 むしろ瓢箪の精霊の件は、この本の肝部分を彩る飾りの部分に過ぎず、確かに運命の転機の様な所で瓢箪がないと話は進まないのですが、オマケと言っても過言ではありません。

 なお、ばったばたと人が死にます。
戦溢れる時代であり、忍者の話であり、罪のない人もバンバン死にます。
これでもなお、ラストの数ページまで、これがいつもの万城目節エンターティメントと信じて疑わなかった。
 だからラストに衝撃を受けました。
 主人公は一人の娘に帰ってくると言いました。
自分が殺した分、誰かを救えばいいと教えられた娘に。
 救いや希望はあったが、主人公の結末や、その時そこにいた人物、読めなかった―。

 これ…普通に長編歴史忍者小説だったのね。
お気楽エンターティメントではありませんでした。
タイトルや万城目ブランドに騙された。
 そしてそれを最後まで疑いの余地を挟ませず(表現ではなく、読者に考えさせる余地なくおもしろく)、ぐいぐいと引っ張って読ませた筆力はさすがです。
この分厚い本を、数時間で読破出来ました。
 正直シリアス路線の長編と知っていたらこの本を読んだかどうか。
帯はその意味でこの本の肝は掴んでいない説明文だと思います。10万の敵軍相手に無双するようなお話ではありません。
でもそうしないと躊躇して手に取らない人が居るからかな。
 私もその種類の人間ですが、読んでおもしろかった一冊です。
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