元モンスター描き。 諸々の感想と近況ブログです。   since2005.05.15
神隠しと日本人

 何だろう、すごくどこかで読んだような気がしたんだがメモにも載ってないし、いざ手に取ってみるとタイトルも含めて改著みたいだしやっぱりどこかで読んでる??となりつつも中身はやはり知らない気がする。
さんざん悩んでとりあえず同じ作者の本は読んだ事があるようだ。
こんなジャンルばっか好きだから記憶の弊害だな。(天狗じゃ、天狗の仕業じゃ。)

 昔の文献をひたすら採集して独自の定型に落とし込む―ここまでは如何にも『研究』っぽい流れ。ひたすら同じ様な話が続いて(そりゃ神隠しの話しかないもんね。)、ラスト手前でようやく整理された推論が発表されます。
あー、ここまで読んでようやくカタルシスだな。
 もやもやとした解りきった解説(神隠しは誘拐だの家出だの)から一歩進んで、『では本気で神隠しを信じていたのか』という疑問。
確かに昔は神や妖怪は身近な存在で、失踪者、或いは不可思議な体験をして帰ってきた者を『神隠し』として皆が認めていたのは分かる。
でも本気の人もいれば、中には容易く「いや、家出だろう」とか「人攫いだ」と言う考えに至る人も多く居ただろう。それなのにどうして皆で口を揃えて『神隠し』で納得に終わるのか。
 あ、この突っ込みはなかなか突き詰められている。
 そう、『神隠し』とは訳の分からないものを『それ以上思考を止める』とか『このまま丸く収めよう』と言う共通のお約束だったという話。
あー、一種の手打ち方法か。
日本人独特の民族性と言うか、なんとなく腑に落ちる。
 白黒つけずに…というのもあるけど、それだけじゃない。例えば政治的にもきちんと線引きはされていて、江戸時代なんかの行方不明者は、家族に捜索義務が課せられて、30日間×6ターン探して見つからなければ戸籍を抹消という法があったそうな。
―いつまでも探し続けていても仕方ない、残された人間も切り替えようという気持ちが見えるね。
 また、当人にとっても逆に行きを曖昧にしたように、帰りも曖昧に出来るという素敵なシステムでもあった。
失踪の言えない理由を、よく覚えていないとか気が付いたら数年経ってたとか、『神隠し』の言葉一つで周囲が追求せずに本人が帰ってこられる、これも中々上手いシステムだと思った。(戸籍も復活するそうだ。えらいもんだね。)

 そんなわけでオカルト系民族学的神隠し本が多い中、これはかなりきちんとそのシステムを突き詰めて説明してくれているなという感想を持てます。ラストの部分だけで十分という気もするが、世の中そんな神隠し的な話に馴染んでいる人もないから実例は必要か。
 ラストにいきなり面白くなった一冊。あ、中盤の天狗と鬼の神隠しの違いなんかも興味深かったです。