元モンスター描き。 諸々の感想と近況ブログです。   since2005.05.15
死ぬ前に後悔しない読書術

 何というか前置きから、子供のままの読書を続けていると取り返しのつかない人になる、「読むべき本ってなんだ」「真っ当な読書ってなんだ」「価値観は人それぞれ」「上から言うな」などと言う人は取り返しのつかない人の代表…みたいに書かれていて、いきなり不愉快。
 最初からこれじゃぁ、もう何言ったってしょうがないじゃない。(なお読了後も結局真っ当の定義はよく解らず。)

 何だろうなぁ、著者は古典古典言うんだけど、まぁ『先人が先に人生かけて得た哲学を、まとめて、お安く読めるようにしてくれるんだから、読まないなんておかしい』的な意味合いは解る。
科学の発展バトンリレーみたいな人類としての知恵、な。一からやるなんて馬鹿げてるもん。そりゃ引き継ぐよ。
 だが人生をどう生きるべきか、の答えは人の数だけある気がするので、共通項みたいに当てはめるのもおかしいし、取捨選択するなら、近代の本でも、はたまた本じゃなくても、何でもいいと思うんだ。新聞もTVもダメ、ネットも近代の本もダメで古典だけが良いと言うのが解らない。(なお私は著者が槍玉に挙げている新聞もTVも、自己啓発本も読まないけど、それでも解らん。)
 要は本人の感受性を揺さぶる(価値観の破壊らしい)何かであれば足るはずだよね。
古典だけ、本を読まないやつは論外、精読しないやつは終わってる、ってのがなんともなぁ…。
 またすぐに答えを求めるのが間違いで、考え続けるのが筋、と言うのも理解は出来ても古典でなくても(以下略)。

 読書って文字による贅沢の一つだと思うので、私はそれが人生の余白や無駄としても、大いに歓迎だなぁ。
例え無駄だけで終る読書人生で、でもですよ。
 下らない本でも読んでいる間は何かを考えてるし、古典の正解を至高!と鵜呑みにするよりも、自分なりに考えている事そのものに、意味があるとは言えないだろうか。(まぁそれじゃあ古典を読んで考えればいいじゃないかと言われるわけですが。)
 まぁ、何が読書『術』かってーと、効率の悪い回り道をせずに、正解へ辿り着くにはこれ!と言っているのだと思う。(結局回り道しても古典の真っ当な本に行きつくのですって。)