元モンスター描き。 諸々の感想と近況ブログです。   since2005.05.15
紅玉

 割と衝撃のあらすじを読んで、続きが気になり。
そしたらそれも衝撃的でした。

 若い頃、軍に付き添い中国で虐げられる人を見ていたと言うおじいさん。
日本軍は彼らの食料や燃料を当たり前のように奪ったが、おじいさんは怖くて何もかばってやれなかった。
 時が過ぎ、今日本の自分の畑で、りんごを育ててつつましく暮らしているおじいさんだが、近くの土地には、中国からの強制労働者が働かされている場所があるようだ。
 ある日、そこから大量の中国人たちが、おじいさんのりんご畑になだれ込み、飢えを癒すかのようにりんごを奪い、盗っていこうとした。
 おじいさんはそれをみて、怒りどころか前述の事を思い出し、後ろめたさから反撃する事が出来ない。
それでも、リンゴを奪われれば家族は路頭に迷う―。
 おじいさんは村人に危険だから行くなと止められたが、半ばフラフラと無意識に、畑の中国人たちに近づいていく。
 おじいさんは、かつて覚えた片言の中国語で、「畑のりんごを取らないでください。家族が養えない」と、必死に訴えるのです―。

 ここまでが大体のあらすじで、まぁ日本側の自業自得と言うか、いやでもおじいさんは一般市民として被害者だとか、色々思うんですが、まずおじいさん、怒らないのか…と。
 後ろめたさは合っても、自分の畑を盗まれそうな時でも、この感情と態度。
このえも知れぬ悲しみとあきらめにも似たおじいさんの言葉は、やるせなさすぎる。

 そしてこの話の結末の、もっと衝撃的な事。
私はこのまま、「それでも食わなきゃ自分たちも死ぬ!」と言う風に、畑は荒らされるのだろうと思いきや―なんと、片言の中国語で一人の男に話が通じ、彼は他の仲間を止めてくれたのです。
 そして、もうすでに食べた分は返せないけど、手にしたりんごのすべてを置いて、渋々ではあるが彼らは畑から去っていったと言う―。
 ええええ、引くんだ?!
 まぁちょっと食べちゃってますけど、彼らにも持って帰ってやりたい人は居るだろうに、ましてや畑を自分たちで作る事も叶わず、強制的に働かされているのに、憎いだろう国の人間であるおじいさんの願いを…きくんだ…。
 勿論、おじいさんが、怒りもせず武器も持たず、ただ悲しみをもって、片言でも彼らの言葉で、丁寧にお願いをしたと言うのもあるだろうけど、そもそも彼らもこんな状況でもなきゃ、泥棒なんてしない人たちだったんだろうね…。

 もうね、どっちの国がどうとかじゃなくて、戦争と言う事実が生み出した悲しみが痛い。
それでお互いに傷ついたもの同士という事が、一瞬にして解り合っているのが、凄い。
国じゃないんだ、人間として同じ痛みを共有しているんだと解り合う。
 おじいさんはおじいさんで、複雑な言葉を話せないため、手にしたりんごを置いていく彼らにむかって、『今手にしているりんごはせめて持って行ってくれていいんだ!』と心で叫ぶしか出来ず、彼らを見送るんです。
 戦時中、自国の軍の狼藉を止められなかった悔いが、いつまでもおじいさんの心を縛り続けているんですね…。心を抉るような本です。

 これが、たった僅かな文章の絵本と言うのが、もう凄い。切り取り方の鮮やかさ。普通ならたらたらと戦争の悲惨さだとか、心情とかを書き連ねたくなるものじゃないですか。絵本で31Pですよ?
 このページ数の中で、余すところなく、いや、圧縮されたように痛みを感じさせてくれる作品だと思います。