元モンスター描き。 諸々の感想と近況ブログです。   since2005.05.15
かさをささないシランさん

 これも予想と違ったお話。
雨が降っても傘を差さなかったと言うだけで、牢屋に入れられてしまったシランさんと言う、国による弾圧や統制を受ける事への云々…と言う物語なのですが、想像に反して、シランさんは決して望ましい主人公ではなかった。
 まず何が衝撃って、ラストですよ。
シランさんは助かってませんし、また、どこかしら自業自得の様に話が結ばれる。
 いや、ラストにはもはや、シランさんと言う個人はどうでも良くて、大勢の中の一人としての怖さ、責任、力―そんなものを無理やり押し寄せる波の様に考えさせられる展開なのです。

 確かにシランさんはとんでもない理由で国に投獄されます。
皆が雨に濡れるのが嫌で傘をさすのに、こいつは喜んで濡れていて、事実家に傘が一本もない。異端だ。何をしでかすかわからない。国の安全のためだ―。
 この流れで何の罪もないのにいきなり人生を狂わせられるのですが、シランさんは冒頭、遠い国の遠い人たちの飢えの苦しみだとか、謂れなく自由を奪われる人たちへの支援の一筆だとかと、『どの時代でもこういう事は起きるよね』と心を痛めたふりをしながらも、他人事で流しているのです。
これ、シランさんを責められない…。
 自分一人が動いても何も変わらないと言う諦めには、自分一人が手助けしなくても問題ないだろうと言う他力本願の姿勢や、所詮は他人事と言う自分勝手、いや、問題意識すら持てない心情が一緒に含まれている。これ、物凄く、リアルな一般人じゃないですか。
 それなりに先進国に生まれれば、居ながらにして様々な世界の窮状を知る事が出来ます。
おまけに自国の貨幣の価値でも高ければ、簡単に手助け出来る位置に居る事になります。
 それでもまず自分の生活しかリアルな問題に考えられないし、自分の国の事は自分でやってくれとか、偽善だとか、知りえたすべてに手を差し伸べろと言うのかとか、色々な意見もあるでしょう。
『何もしないから』と言って決して攻められるものでもないはずです。
 でもこの本では、皮肉にもシランさんは檻の中で、一転して遠い国の人々と同じ苦境に陥るのです。
そして、そんなシランさんを助けようと―遠い国の見知らぬ人が、手紙を書きます。
冒頭、シランさんが書かなかった、手紙を。
その苦境を憂い、国に彼の解放を願う手紙を―。
 シランさんは、誰かに自分の手を差し伸べませんでしたが、誰かに手を差し伸べられるのです。
この本ではシランさんがそれにどういう反応をしたとか、シランさんのその後は一切書かれていません。
…重いなぁ…。

 このラストを見てまで、だから助け合うべきだとか、単純には言えません。
自分も助けて欲しいからそうするのと、明日は我が身と思い行動するっていうのは、似てるけどちょっと違うと思えるし。
 全身全霊奉仕の心なんて理想論は言いませんが、この本の訴えかける所って、心のひだの非常に入り組んだ部分に感じます。
 なお、シランさんは遠い国の人々に共感されましたが、現実に顔を合わせていた職場や趣味の仲間たちには、あっさりと手の平を返され、無関係だとすぐに忘れられてしまっています。
 こういう対比までされると、ますます難しい問題です。
 言おうと思えば遠い国の人々の心が優しいわけでなく、火の粉が降りかからないから好きに動けるんだとか、自己満足のボランティアだとか、そっちの面でも賛否両論出そうな感じ。

 様々な角度から、色んな良心と折り合いとが絡みあう作品。
考えだすと、動けなくなるね。やらない善よりやる偽善と言う言葉を思い出した。

 なお、イラストはポップなくらいの海外チックなタッチ。線画と言ってもいいくらいのシンプルさ。
なのにシランさんが投獄された時の怖さときたら…。何なの、絵本の力って。