元モンスター描き。 諸々の感想と近況ブログです。   since2005.05.15
映画『美女と野獣』
 やった―実写だぁ。とまぁディズニーアニメも見てないんですけどね、お話的には大好きなので。
 ただ予告でベル役がエマワトソンと聞いていたのでちょっと複雑な気持ちに。彼女はベルのイメージに合った申し分ない容姿なんだけど、ハリポタイメージがきつすぎてなぁ…。彼女自身のオーラが世界観を邪魔するのよね。

 結果的に映画は思っていた以上に良かったです。
まず始終歌を歌い続けている所。ミュージカルだ…。これを普通の映画にせず、ディズニー色出しっぱなしの歌いまくり表現は、そう来るかと言う感じでとても良かった。(吹き替え版で観たんですが、そりゃ岩崎宏美は巧いに決まってるよな。藤井隆…。)
 まぁ序盤は延々この調子で、ベルと野獣のメインストーリがなかなか始まらないので時間配分大丈夫なのかとやきもきしましたけど。
 案の定心配していた通り、二人が恋に落ちるまでが割と短すぎて、ちょっと予定調和に頼り気味。…本物のおとぎ話の一目惚れ光速スピードに比べるとシーン割いてるとは思いますが。
 なお、野獣のビジュアル。
もっと野獣野獣していてよかったんですがね。ちょっとコンパクトかつ大分と人間寄りのビジュアルに思えました。
いやぁ、あれはケモナーにしてみたら入り口にもないよ。普通に共存出来るレベル。
(そしてパラレルでもいいから、野獣のままお姫様と仲睦まじく暮らしましたラストの作品はないのか。その展開も萌えるだろう。)
 とりあえず最初から猛々しくはない野獣なので、王子に戻った時も違和感なくてそこはセーフ。
 むしろ一緒に戻った召使たちのど派手な出で立ちに驚いたよ。…着飾り過ぎ。
(とは言え冒頭の舞踏会のシーンからして派手なのは解ってましたが。あれは凄い綺麗だったなぁ。うん。)

 キャラ的にはガストンの相棒ル・フウがいい味出してます。…小回りの利くデブは最強だと思う。
 と言うかこの人、気弱な割には上手い事ガストンを操れるし、口も立つし、基本的に優しいし、自立心さえあれば、ガストンなんかの何百倍もいい男だと思うんですがね。
 最後、ガストンを諫めないまでも決裂するかと思ったんだけど、やっぱりガストンが好きなんだね、この人。気が良すぎてもう。
ガストンは友人に恵まれ過ぎですわ。
(ところでガストンはすっきりと死亡退場でしたが、ディズニー映画でも人死にが出るのかとちょっと意外に思った。)
 ガストンはガストンで、戦時ならば一生英雄で行けたんでしょうねぇ…。この人の性格は、周りではやし立てる村人と言う環境もダメだった気がする。
城に向かうまでの村人は、集団と言う怖さが表現されていて本当、げんなりした。

 ―あと最後まで野獣の名前が解らないわけですが、ベルはいつも何と呼んでいたんだろう。城での再会シーンとか、不便な状況だったろうに…。

 ひとまず十分満足な実写映画だったと思います。
死のドレスを花婿に

  『その女アレックス』『悲しみのイレーヌ』作者繋がりで。初期作品…かな?なるほど粗削り。いやでもイレーヌの方が先か。

 のっけから殺人に次ぐ殺人で、しかも主人公が訳わかってない割には、簡単に手を下しちゃうからなかなかきっつい話。(殺人犯の女性が主人公で、逃亡してるのね。)
 それでも追い詰められていく様はよく解り、にっちもさっちもいかないこの状況がどうなるのか、一気に一章を読み上げる。
 で、二章に入り視点変更。
…ああ、成程。こういう事か。
 二章は二章で一章よりももっとトチ狂っててヤバいサイコパス系の話です。
一章と繋がってますが、これ、次の章でどうやってまとめてさらなる衝撃を与えるんだろう?

 そして三章。
この頃にはもう読者は薄々と感づいているわけですが、これ、実は女性は真面に生きていた頃からずっと、二章の主人公であるストーカー男に監視、コントロールされていたと言うとんでもない話。徐々に女性の人生を狂わせ、夫を殺し、未亡人にさせておいてから紆余曲折の数年をコントロールし続け、ついに自分と結婚させたと言う…とんでもねーサイコさんのお話です。
怖っ。
 そしておそらくは女性がやったとされている殺人も、どうもこの男がやっていたようだ。
女性は薬で精神病みたいにされてるんだねー。
 紆余曲折の何年もは、正直上手く行きすぎていて現実感がないんだけど、実際にやられたらホラーすぎるので、気持ち悪さをかって読み進める。

 そしてこれが果たして、女性を一方的に愛した男の行動かと思いきや、どうもそうとは言い切れず、とある復讐的な理由が潜んでいるらしい。
おお、これは…どっちが悪いのか最後まで解らない。
 男は自分で女性の生殺与奪権を手にするために、女性を取り込んでいたいようです。
だから周囲から守るし、自殺も許さない、居心地をよくするために優しい―。
 しかしちょっとしたボロで、女性は朦朧とした精神の中で、男に疑いを持つ。
過去を調べ(これもよくそこまで解明出来る)、男の真意を知り、反撃スタート―と相成るのでした。

 ここからはもう善も悪も、どちらが騙し騙されているのか、解らないままひたすら『最後に笑うのはどっち?』と言うスリリングさだけで一気に読めます。
サスペンス~。
 ラストのラスト、女性の父親が一枚噛んでいたようなのですが、一瞬ビクッとしたわ。
登場人物全員が軒並み知能派(心理派)で、成功率のリアルさを抜けば、ミステリーらしいミステリでした。

 しかしタイトル、最後まで空目してたんですが、これ、花嫁じゃなくって花婿なのね…。
あー…だからあのシーンがあったのか。
メインシーンを何気に流していたわ。
 思い込みって怖い。
炊飯器
 壊れた。
あれ?寿命的に早すぎない??
 単純機械っぽいのに、炊飯出来るけど保温が出来ないと言う微妙な壊れ方。
…くっ、買い替えるのに迷うな、おい。
 まぁしかし毎回炊き立て…とか、炊ける度に冷凍…とか割と嫌なタイプです。
ほどほどに水分が抜け、でもレンチンしたお米は妙に熱すぎて変な冷め方もするし、適度に保温されたお米が一番好きな私なのです。
 二週間ほど様子を見ていたんですが、生ぬるいお米ってこらまたべしょっと、もたっとしてて、不味いのね…。
家人はレンチン平気派なので必要に迫られていないようですが、私の方がダッシュで音を上げた。
買おう。いや、もう買うからいいよね??
―と買い替えました。
 米にフラストレーション溜まったら、日本人として割と生きていけない…。(;´Д`)
えんの松原

 観光地的な土地名としか認識がなかったんだけど、内裏内の一部分の地名か…なるほどな。
 あらすじ自体はちょっと歴史ロマン的な感じで、事情があり女装して女官仕えをしている少年と、病弱で帝の継承権一位の御子がひょんな事から出会い―と言う感じ。
 蓋を開ければ時代で信じられていた怨霊がテーマのようで、成程、どこもかしこも悪い事は皆死んだ誰かのせいなんだな。
主人公は両親を殺した流行り病の怨霊を憎んでいるし、御子は今まさに怨霊に呪われている。主人公を取り巻く人々の中にも、血筋の者が怨霊になっただとかで風評被害を受ける者も居る。
 そんな中、えんの松原の中で主人公は鳥の姿をした怨霊たちに出遭う。(えんとは怨か?)
えんの松原は真に怨霊の住処であり、松を伐ろうとした男たちをも事故で殺す程の力を持っていた。
 主人公は松原に近づきたくはないが、御子を苦しめる怨霊が居るとしたらここだと、確信を抱きつつ女官仕えを続けていた。
しかしある日、御子を守る祈祷をする阿闍梨の言う怨霊と、御子が言う怨霊は別のものではないかという疑問が出て―。

 この辺りから物語は謎を帯び、読み手をぐいぐい惹き付けてくれます。
 この作品、何よりキャラが立っていると思いました。
男であることを隠さないといけない割に乱暴な主人公や、こっちが女じゃないかと思われるくらい病弱で儚げな御子。口うるさいが頼りになる老女官や、御子の関心を奪われまいと嫉妬を露わにしてくる美少女女官。
どのキャラも非常に練り込まれた自然な感じの立場と行動、心情で、生き生きとしています。
 また、真の怨霊の正体が解ってからは、御子の抜け出せない運命の哀れさやそのお話の行きつく先と、細やかなストーリー展開も魅力。

 児童小説の割に、古風だしページ数多いし…と思っていたけど、読んでみれば生き方について、真正面から語り掛けて来る力強さに溢れた本です。
時代小説の分、好き嫌いが分かれそうですが、なかなか読ませてくれました。
つまみ食い本11
 ―電車に乗る時に読もうと思って、チョイス。
何が共通点かって、掃除ものは勿論、全部『文庫』だよ☆軽さ小ささって大事だよね…。
 で、全部流し読みでなくちゃんと読みましたけど、まぁ大体似たり寄ったりで過去に読んだやつと変わらないので(イギリス式ですら、同じ作者の本を前に読んでたしな。なおそれもイギリス系生活本。)
代り映えしないチョイスです。





紅一点論

 本当に『論』でした。
世の女性の扱いに関して、ドラマやアニメなどから考察しているのです。
 特撮や魔法少女など、男の子向け、女の子向けとされた作品の中での男女の違いから始まって、比べてみるとまぁ面白い、確かに傾向はあるんだなと言う色々な論を聞けます。
 男の子は正義を、女の子は愛を軸にお話が進む。
ああ、言われてみれば確かに。
時が流れて戦うヒロインになっても、絶対恋愛話がメインだもんなぁ…。
 地球を救うのだって、男の子向けが直接侵略側と戦闘するのと違い、女の子のは世界を象徴するような対象物がひとつあって、その宝物を奪われないように守る話が主流と聞いて、これも面白い様にそうだった。
まぁ夢と魔法の世界の話ですからねぇ。
(だからと言って、宝物は処女性、戦闘は男女のアレとか、すべてをあれこれ性的な話に絡めて、メタファだとかなんだとか言われても思い出が汚れる一方なんだけど。敵が美形男子?少女漫画的に言うと、絵面は美しいに越した事ないし、敵をやっつけるのに男じゃなきゃ倒しにくいとか、そう言うのはないのかな?)
 この本自体が大体セーラームーンの辺り位までの頃の発行なので、今だとプリキュアとかはどう解釈するのか聞いてみたい所です。(魔法少女に見せかけておいて肉弾戦。かつ基本的に恋愛しないシリーズもある。)
 とりあえず女の子向け、戦闘するのにより不向きなドレス変身するのを止めろと確かに突っ込みたくなる感じでした。

 しかしエヴァンゲリオンの考察に入ってから、あれも色々と型破りな話だと思うのですが、ちょっとこの人の型分けに入れ込むのもぴったりと言う感じではなくなってくる。そしてジブリにおける女性や、最終的には実在のナイチンゲールやキュリー夫人の話を取りあげるのですが、後半に行くにつれ、当初程の頷きが少なくなり、ズレが生じて来る感じかな。
 全てを数少ないタイプに落とし込もうとするから、紅一点の役割をこの女キャラ数人に分けたとかどうだとか、アニメキャラにキャラ被りは男女関係なく普通は作らないと思うし、実在の女性をアニメ的な単純なキャラタイプに当てはめるのも微妙。
 そして中でもちょっとひっかかったのが、娘が魔法少女に憧れるのを、母親は苦々しく思うのが当たり前で、大きくなっても魔法少女が好きなままの大人なんていないとか書かれてる一文。
 いやぁ、今でも魔法少女が子供の頃のまま好きの対象だと言う人、たくさんいますでしょ?(この本は20年くらい前のものですが。)
でなきゃセーラームーンやクリィーミーマミだののグッズ、今になってから誰対象に新商品が出るのか。
それともオタクは大人じゃない認定何でしょうか…。
 子どもの時好きだったものをずっと好きって、おかしいと言わんばかりの論法はちょっと乱暴だなぁと。
 アニメ等の作品の裏の思想に気づかない事が愚かであると言うなら、アニメ等を真剣に論じて害悪を決めつけるのも愚かだし、どうせ同じ愚か者なら気持ち良くお話と思い出を楽しみ続けていたいよ。その裏が合ってるとしてね?

 一部は面白い解釈、しかしこの論で全ての作品をマクロに論じるのは乱暴、そんな風に思えた本でした。
面白い所は面白いんだけどなぁ…。
ダウンを洗う
 洗うシリーズ今度はダウンコート。
しかもロング丈なんだが、重かろうなぁ…。
 だがもはや私に躊躇はない。(ウールのコートとかはやらないけど。)
乾かし方さえ失敗しなければ、ダウンも家で洗えます。そのはず…らしいよ。
 どうもねー、2シーズン程クリーニングに出したにもかかわらず取れてない染みが合って、毎冬微妙な気持ちにさせられていた。
洗いたてなのに、汚れものを着ているような感覚。
もういい、自分で洗う―!(; ・`д・´)

 と言うわけで、浴槽に湯を張ってセスキドバーっ。
シミ部分と袖、首周りを徹底的に洗ってから、後は通り一遍湯の中でジャブジャブ。
…うわぁ…得体の知れない茶色い液体に…。(;´Д`)
 まさか色落ちではないとは思いますが、基本的にタンパク汚れが落ちてるはずですから、まぁ妥当か。

 さて問題の乾かし方は、遠慮なく脱水機にかけて、ひたすらヨレを戻して風通しの良い所で陰干し。日が落ちたら、室内で扇風機当て一晩。
失敗するとダウンがぺちゃんこになるらしいが、相変わらず賭けよね。
 洗う時に中まで水を通してはならない、押し洗いのみとか書いてましたが、んなもん、通るっつーの。押し洗い程度でこの汚れが落ちるもんかっ。

 さて翌朝確認してみましたが、全然ふっくら綺麗に仕上がりました。…何だったんだ、色んな所で読む警告の類は…ってくらいにあっけなく。柔軟剤すら要りませんでした。
シミも取れたし、これは次からもいけるなぁ。
 しかしたった一冬で、あんなに水が汚れるってちょっと怖気がしたわ。
ダウンはそんなに汚れない…ってどこかで聞いたんだけど、どういう基準なんだろうか。
 何事も自分でやってみると驚きの事実が隠されてるもんだね。
11をさがして

 ディスレクシア(難読症)の少年が主人公と言う珍しいお話。
それが故に屋根裏部屋に隠されていた新聞記事が読めず、そこに載っていた幼い自分の記事に疑問を持ち、自分の出生の秘密を探ると言うものです。
成程なぁ。
 しかしこのディスレクシア、ディスクレシアありきのストーリーなのか、ストーリーありきのディスレクシアなのかよく解らず。
 この設定が一番意味を持つのは最初の『新聞記事(謎)が読めなかった』部分くらいで、あとは流れ位にしか感じられず。
ちょっとグッとくるなぁと言うのは、ラストの辺りで『読めないけど、書けないけど、伝えたい事があるんだ』と言う持っていき方くらい。これ自体も正直、ちょっと…弱い。
 何せその気持ちは十分、他の行動や人との関わり合いで伝わってくるから。
 謎自体も結局はいわゆる『大冒険』的な展開になるわけでなく、あくまでも本人の中で本気で悩んだ大事件ではあるのだけれど、小さく収まってしまう話で、心の揺れ動きで繋いでいるストーリー展開。

 むしろもうひとつの軸である主人公と親しくなった少女との友情物語の方が気持ち良く、こっち一本で煮詰めてくれた方がすっきりしてたかも。
 まぁ少女に話しかける理由も謎が原因なんだけど、最初にあらすじで屋根裏部屋の謎が強調されてたもんで、そっちを膨らませて考えてたから、盛り上がりに欠けたんだよね…。真相が解った時の肩すかし感も加えて。
 それからそれを押しのけるくらいに、少女のキャラが良かったとも言える。
イラストも魅力的に描かれているし、言動や絡み合い、すべてがこの二人のハッピーエンドを願ってやまない魅力的なものでした。 謎は置いておいて、二人の友情を噛みしめたい一冊。
ナガサレール イエタテール

 東日本大震災の津波で家が全壊と言う憂き目にあわれた作者さんの実家。
そこからなんやかやで再び同じ地に家を建てるまでを描いた漫画です。
 この上、実家の家族は次々と認知症だの癌だのになる中、不思議とこの人の漫画は明るいんだよね…。強いわ。
 
当時の様子や、そこで頑張る自衛隊やボランティアの方々の頼もしさや、普段と違う厳しい環境の中で日常と違う一面を見せる住人達。
経験は何にも勝るリアリティを伝えてくれます。
 しかし何よりも怖いのは家の中まで津波が襲い、流される所だな…。怪我人のご老人も含め、よく助かった。
 
 この暗いテーマをここまでやる気と勢いで明るく描けるのは作者さんの性格と力量だと思う。割と前から読んでみたかった一冊でした。
夜の神話

 不思議な印象。
神様が美しい青年姿で出てきて、今時かと思いきや、作風は素朴だったり、それでいて主人公の醒めた感性なんかは現代っ子そのまんまだし、でも出て来るもの自体はどこか古臭い印象を漂わせていたり…。
このいろんなものを集めて混在させているような不思議な印象は何だろう?
 『今』の中には、最先端もあれば、古く残っているものも有る。いつもはそのどちらかにだけ焦点を絞って考えがちだけど、どっちもあって『当たり前』が本来なんだよね…。

 象徴するようにこの本のストーリーは、田舎に越してきてご機嫌斜めの勉強は良く出来るお子様が主人公なのだけど、彼はのっぴきならない事故を間近にする事となる。それは、原発事故―。
 一方で主人公は、虫や動物の死に対してあまりにもドライだったため、神様から何のつもりか『サトリ薬』と呼ばれるまずい団子を食べさせられるのだけど、以降、薬の効果で動物や草花の声が聞こえるように。
 人類の科学の最先端、強力な原子力の問題と、原始的な神や自然の力。
その両方がいきなり少年の目の前に提示されるわけだけど、なかなかハードな衝撃が多いです。

 まず、虫たちの声が聞こえる故に、クラスメイトが昆虫採集で取る虫たちの断末魔を聞く羽目になるし、原子力発電所に勤めるお兄さんから青い炎が噴き出している(被爆している)のを見る。
 メルトダウンしそうな原発や、人の命の助けを神に乞おうとするが、神(ツクヨミ様)は人の治世に基本的に興味はなく、扱えない青い炎(原子力の象徴らしい)を使い始めた人類が悪いと言う。
人は赤い炎はなんとか御してきたが、青い炎はかつても人類を滅ぼしたと―。
 ここら辺でちょっとだけムー帝国の件があって、これだけは蛇足かなぁ…と思うのですが、神にも思う所があると言うエピソードなのでしょうか。
 神様の視点は大きすぎて、本来は人間の善悪とはずれてもおかしくないですよね。これが別に冷たい神様と言うわけではないんです。むしろ…悩む所は人間臭いくらいかな。

 この時点で実は主人公の体は別の魂に奪われていたり、自身も大変な状態なのですが、サトリ薬のせいなのか、冒頭の彼からは考えられないほど、自己の欲に走らず、誰かを救いたいと言う一心だけで行動し始めます。
そのがんばりが届いたのか、なんとか事件は収束するのですが…。
 被爆したお兄さんは助からないとか、こんな大事件があったと言うのに、原発はまだ安全だと言われ続けているとか、空しい終わり方もします。
 希望は、少年の心持ちが変わったおかげで、この田舎にも友人が出来た事とか、父親が原発の仕事を辞めた事とかかな。

 和風なファンタジーでいて、扱う問題はどこまでも現実的。
ちょっと変わった気色に思えました。
 作者さんはこれ系のシリーズで有名のご様子。今はまだ手を出す予定はありませんが、モチーフとかは好きです。
意外と初めて使ってみる
 メラミンスポンジ。
…擦るのってどうよと思っていたけど、考えてみたらそれよりもひどいサンドペーパー使ってますがな。(蓄積された汚れにのみですけどね。)
 まぁ普通の掃除で擦る系は見向きもしてなかったんですが、風呂場の一部に不思議と高濃度のクエン酸でも落ちないウロコがありまして、白いわけじゃなくピカピカなのになんか水滴模様に乾く…と言うもやっとゾーンがあるのですね。
これを南無三と思いつつ擦ってみました。
 …肝心のウロコ部分はよく解らんが、そうじゃない部分はまぁピッカピカ…と言う気がする。

 100均で買っただけでも大量のメラミンスポンジなもんで、ついでだから他も擦ってみる事にしました。
―どうせなら浴槽を丸々磨きたい☆
 普段の湯上り洗剤なし掃除、たまに洗剤あり掃除で表面上つるつるだけど、どうもくすみが見えるのよね。石鹸カスと言うやつらしいんだけど、もしかして取れるかも…とやってみたのですが、あら、いいね、これ。
やってみると曇りが取れて一枚皮がペロンと剥がれたみたいです。
 腕はだるくなるけど、洗剤使わないから手も荒れにくいし。(荒れるのは荒れるよ。長時間の水作業は何でも。)
 何よりも汚れの激しい所はすぐにスポンジが摩耗して消えてなくなる、そうでない所はスポンジが減らない、とある意味視力の弱い人間が裸眼で掃除しても感覚で汚れ落ちが解るのが良いな。(ぇ)
たまに使ってみるのもアリですわ。

 しかしまだまだ大量に余ってるんだけども、これ水場以外に使いどころが見出せんわ。
トイレと台所と…食器。ぐらい??
サルでもできる家事いっさいがっさい

 あら、絵がポップね…。
何と言うか、家事本ではあるのだけれど、ある程度やってる人が、こんなやり方もあるのねを見つけられればいいかな、的な本かな。
 なんせ読者投稿型と言うか、皆バラバラに「うちはこう」「これとこれがあればいい」とか勝手に言い募ってるだけの態だから。
正解がない形の本。
 いいなぁと思った数少ない知恵は、調べてみると今はもうないサービスだったりしてちょっとがっかりしたわぁ。
 同じページに全く正反対の意見が載ってたりするのもご愛嬌。(散らかし部屋とキレイ部屋のためにひとつ部屋を多く借りると良いと言う人と、散らかし屋は少しでも広い部屋数に住むと、管理出来ないから絶対ダメと言う人と。わざと同じページに載せているのかと勘繰った。)

 どん引いたのがホテルのバスタオルを持って帰れとか書いてるやつ。しかも部屋のは足が付くから、廊下に置いてるやつを狙えとか。それは泥棒と言いますが?
 編集でチェックするだろうに、こういうの平然と載せてるってどういうつもりなのか。これ読んだ瞬間、他のちょっとした知恵も吹っ飛んでふざけんなと思った。
 あと元々何かの雑誌とかに載ってるやつなのかな?この本の中だけで通じてる単語があって、それの説明が流し過ぎ気味で、ちょっと意味が解らなかった。そもそもOL委員会ってどこの何だったんだろう?
同じもの
 気に入ったら次もその次も、それを超える品に出遭わない限り同じものを買い続けるタイプの人間です。飽きるとか気分転換とか、まぁない。
 大体今はスキンケア用品や靴、服でそんな事を繰り返していますが、そこに辿り着くまで、ジプシーしまくったアレを、今回ついに初のリピ買い。それは…ヘアブラシ!!
 今まで気に入っていたものはたまたま100均で見つけた不揃いな製品の中の一つで、同じ物を買い直すのなんて不可能。それでかれこれ10年来。
捨てるに捨てれずボロボロの物を使い続けていましたが、今度こそジプシーを終えてチョイスした品を、使い切りに至る。
柔らかめの上、毎日洗ってるせいでブラシが開いてへたれてきたのですねー。

 で、初めてのリピ買いです。…感無量☆
もうビバ大量生産品ですよ。
気に入ったものがどこにでもあるものだと何時でも安心して消費していられるよね~。
 これがもう次にどこで同じ物を、いやいや、そもそも同じ物はないからまた探し直して―なんて日にゃぁ…。(;´Д`)
定番化、安定供給、お気軽交換、本当気楽です。
おかげさまで、古くなったら躊躇なく新しいものに買い替える事が出来るようになりました。
以前のは見るからにみすぼらしかったもんな…。
 やはり意識も変わるもので、以前より断然きちんと傷み具合のチェック等、するようになったもん。普通は一つを大事にだと手入れが良くなるって話なんでしょうけど、違うんだな、これが。
物を丁寧に使うのは当たり前として、それしかなきゃ痛もうが何だろが使い続けるしかないから見なくなっちゃうのよね。
 新陳代謝と言う意味では、今の方が正常な気がする。
ベラスケスの十字の謎

 あああの絵か、と言う表紙と。絵のタイトルは気にした事なかったんですが、『侍女たち』と言うらしい。
実在の絵に絡めて、描かれた当時を舞台にフィクションとノンフィクションが混ざり合います。
 登場人物が全部、この絵に描かれた人たちなんですねー。面白いな。

 チビすぎて父親にうとまれ、スペイン王宮で働けと家を追い出されるイタリア人の少年主人公。(絵だと犬を踏んでる子ですね。)
おそらくは小人症なのかな?奉公と言うよりは人身売買で連れていかれたので、少年にはもう戻る家は有りません。
 幸いにも主人公は頭が良かったので、少しづつ王宮の仕事を身に付けて行くのですが、画家や王の所に出入りする怪しい男にどう気に入られたのやら、「この少年も絵に入れてやれ」と口添えをされたのです。
 それがきっかけで画家や王から覚えも目出度くますます出世して行くのですが、今や自分の主人となった画家は、この『侍女たち』を描き上げるのに、強烈なスランプに陥っています。
その絵の正解を掲示するのが、例の怪しい男だと、画家は言い切るのです。
 主人公は怪しみながらも、子どもと言う特殊性を活かしながら、周囲の人々の情報を得つつ、自分なりの身を立てる事に忙しい。
やがて画家は狂わんばかりに、「この絵を完成させるために、あの男に何でもやるから答えを教えろと言って来い―」と主人公を怪しい男の元へ送り出すのですが…。
 時折出てくるのは、ダンテの神曲や、悪魔的な影。これは向うの宗教観かな?
根底にあるものは重々しいけど、決してそれを深くは描いていない。察せよと言う程度。
通り一遍のゴシックホラーファンタジーと言った所か。確かに児童書。
 恐らく大人向けに仕上げてたらもっとどす黒い感じの話になると思うんだ。

 画家は、絵に描く事で永遠の水時計を完成させたいとかなんとか、真面な性格の割に妄執に囚われている。
察するにこの絵の中に描かれたものはその世界に組み入れられ―と言う何とも魔術的な話なのです。
 それを画家に描かせている(命令でなく、欲望を誘うように)のが、あの怪しい男。
彼も当然あの絵の中に描かれているのですが、絵の中では主人公と同じく小人症の侍女の後ろの方で、ぼんやりと塗りつぶされ気味の顔の男です。
 この絵は元々、画家自身に描かれている十字架の模様だとか、怪しい男の姿が塗りつぶされ気味で顔がよく解らない事などが謎を呼んでいるとの事で、それらを上手く塞いだ物語なのですね。これ系の海外の絵にはやたらと隠されたシンボルが多く、もうそれ自体が『絵画』のルールなのかと思うほどですよね。
 しかしその逆算のストーリーテラーが、何とも魅力的。
読み終えると話としては綺麗にピースが収まっています。
 ―恐らくは悪魔に魂を売って絵を完成させたはいいけど、後悔をして自身の姿に神の守護である十字架を組み込んで悪魔を出し抜こうと一計を案じた画家。それが成就された故に、悪魔は敗北し、その姿が絵からぼやける。
そういった所でしょうか。
 はっきり書き切らないのも余韻があって雰囲気を出してます。

 そして歴史的事実だと、主人公の少年は、『この絵に描かれている人間の中で自分が一番最後に死ぬ』と生前から言っていたらしく、実際そうなっている所だとか、墓標に神曲の言葉を刻んでいるだとか、こちらもフィクションの神秘性に負けてないエピソードに思えます。
なかなか新鮮味のある作品でした。
まとめてみた
 公共料金の支払いだのなんだの、今まではいくつかの口座に散らばっていました。
家人預けの物や、完全プライべート用とか、家に近い、職場に近いなど…。
 数年に一回くらい、口座やキャッシュカードなど、見直しをはかって整理するんですが、今回はふと思い立って家中の引き落とし記録を再確認で洗い出し。
『よし、もうただひとつの口座の残高さえ気にするようにすればいいか』とひたすら一つの口座に集めてみました。(大雑把。)
 さらにクレジットカード集中とか、凝縮凝縮。これで使わなくなった口座やカードを解約します。

 いやぁ、物にしろ口座にしろ、年々管理し切れる数が減っていくもんだねぇ…としみじみ。
まぁ、記憶力の減少はおいといて、ライフハックと自分に言い聞かせます。
紅玉

 割と衝撃のあらすじを読んで、続きが気になり。
そしたらそれも衝撃的でした。

 若い頃、軍に付き添い中国で虐げられる人を見ていたと言うおじいさん。
日本軍は彼らの食料や燃料を当たり前のように奪ったが、おじいさんは怖くて何もかばってやれなかった。
 時が過ぎ、今日本の自分の畑で、りんごを育ててつつましく暮らしているおじいさんだが、近くの土地には、中国からの強制労働者が働かされている場所があるようだ。
 ある日、そこから大量の中国人たちが、おじいさんのりんご畑になだれ込み、飢えを癒すかのようにりんごを奪い、盗っていこうとした。
 おじいさんはそれをみて、怒りどころか前述の事を思い出し、後ろめたさから反撃する事が出来ない。
それでも、リンゴを奪われれば家族は路頭に迷う―。
 おじいさんは村人に危険だから行くなと止められたが、半ばフラフラと無意識に、畑の中国人たちに近づいていく。
 おじいさんは、かつて覚えた片言の中国語で、「畑のりんごを取らないでください。家族が養えない」と、必死に訴えるのです―。

 ここまでが大体のあらすじで、まぁ日本側の自業自得と言うか、いやでもおじいさんは一般市民として被害者だとか、色々思うんですが、まずおじいさん、怒らないのか…と。
 後ろめたさは合っても、自分の畑を盗まれそうな時でも、この感情と態度。
このえも知れぬ悲しみとあきらめにも似たおじいさんの言葉は、やるせなさすぎる。

 そしてこの話の結末の、もっと衝撃的な事。
私はこのまま、「それでも食わなきゃ自分たちも死ぬ!」と言う風に、畑は荒らされるのだろうと思いきや―なんと、片言の中国語で一人の男に話が通じ、彼は他の仲間を止めてくれたのです。
 そして、もうすでに食べた分は返せないけど、手にしたりんごのすべてを置いて、渋々ではあるが彼らは畑から去っていったと言う―。
 ええええ、引くんだ?!
 まぁちょっと食べちゃってますけど、彼らにも持って帰ってやりたい人は居るだろうに、ましてや畑を自分たちで作る事も叶わず、強制的に働かされているのに、憎いだろう国の人間であるおじいさんの願いを…きくんだ…。
 勿論、おじいさんが、怒りもせず武器も持たず、ただ悲しみをもって、片言でも彼らの言葉で、丁寧にお願いをしたと言うのもあるだろうけど、そもそも彼らもこんな状況でもなきゃ、泥棒なんてしない人たちだったんだろうね…。

 もうね、どっちの国がどうとかじゃなくて、戦争と言う事実が生み出した悲しみが痛い。
それでお互いに傷ついたもの同士という事が、一瞬にして解り合っているのが、凄い。
国じゃないんだ、人間として同じ痛みを共有しているんだと解り合う。
 おじいさんはおじいさんで、複雑な言葉を話せないため、手にしたりんごを置いていく彼らにむかって、『今手にしているりんごはせめて持って行ってくれていいんだ!』と心で叫ぶしか出来ず、彼らを見送るんです。
 戦時中、自国の軍の狼藉を止められなかった悔いが、いつまでもおじいさんの心を縛り続けているんですね…。心を抉るような本です。

 これが、たった僅かな文章の絵本と言うのが、もう凄い。切り取り方の鮮やかさ。普通ならたらたらと戦争の悲惨さだとか、心情とかを書き連ねたくなるものじゃないですか。絵本で31Pですよ?
 このページ数の中で、余すところなく、いや、圧縮されたように痛みを感じさせてくれる作品だと思います。
結局
 服は迷走した挙句、予定より多めに買い、そして代わりに処分した服もまたあったんでなんのかのと50ハンガーに。…あれ?予定より減ってる…。
 改めて服本とか読んでいる内に多少は教化されたようで、今回は家着や寝間着、運動着のあたりを多少兼用にしてみた感じです。

 まず問答無用に短パンは処分いたしました。
そうね、考えてみればこれ着てとっさに玄関から外へは行けないわね…。
 同じ理由で明らかにパジャマにしか見えないものは運動着系にシフト。
世の中ではジャージはコンビニやドンキまではセーフの服なんだろう?(知らんけど。)
電車には乗れないけど、正しくウォーキングかスーパーへは行ける程度の物に。
掃除する時も汚れそうで気にしてたもんなぁ~。ちょっと遠慮なく動けそう。
(ただ、リラックス度と言うものがあるんで、完全パジャマものは夏冬各1だけキープしておきました。)
 こういう事を考えるのも、最近はとっさの地震とかが怖いからだよねー。(._.)

 あとカジュアルすぎるものを減らしてみたのですが、代わりに一般的に大人服と言われる系の大体何を試着しても似合わなくて愕然としました。
派手目の物が嫌いなので、上品めの中でもシンプルなのを選ぶとまた地味と言うか貧相に見えるんだよなぁ。
 元々骨格タイプ的にはラフなものが似合うタイプなんだから、ここら辺は服本から取り入れなくて良い所かもしれない。
 試着の上で一番しっくりきたラフ系を堂々追加。後悔はない。色も素材もドンピシャで久しぶりに一目惚れで買ったし。

 キリよく50となったんで、これで過ごしていければ最高だと思いつつ、春のお洋服見直しは終了~。
ハーバードでいちばん人気の国・日本

 タイトル的に、『ハーバードで日本の学生が人気なのかな?』と思いましたが、そうでなく、学びの題材として、のようです。
 名前だけ独り歩きしてる感のあるハーバードですけど、結局何が凄く感じるかって、教育に金を惜しまないセレブや身分の高い人たちの子女が入ると言う、卒業生皆、これから世界を担っていく立場にリーチな学生ばかりだという事です。
あー、ご学友を作っておくと凄い人脈の宝庫になりそうだよね。
 そんなわけで、大学では実際に『人のトップになった時、選択を誤らない様な教育』をするんだとか。。
現代における帝王学かよ…。
 でも求められるべくして成った形なのでしょう。

 そこでは世界で成功した経営トップらの、困難の乗り越え方や、新しいアイデアでの躍進、実在のモデルを提示してケーススタディを繰り返します。
その中に、日本のケースが入っており、とても人気だと言う話。
 多少悦に入っているようにも感じますが、世界の風向きに敏感な事が前提でのモデルでしょうから、たまたまそういう時期だったという事を念頭に置いて捉えた方が良いと思えます。
一度凄かったから威光が続く―なんて考え方、それ自体この教育方法にはナンセンスに思えますからね。

 さて、オーソドックスにはトヨタのモデルや、コンビニのモデル。
やはりオペレーションそのものに価値があるのですが、ではそれをただ真似したからと言って、他国の企業は成功したでしょうか?
―予想通り全く結果が付いてこなかったそうで。
 そもそもこういった独特のやり方を、教材の調査側に何一つ隠す事もなく開示する日本企業に、調査側が驚いたそうです。
ご丁寧に『企業秘密を盗まれても良いのですか?』と聞いたのだそうで。
 ところが日本側も海千山千の回答。『別にシステムを盗まれてもソフト側が役に立たなければ意味がないからどうぞどうぞ』だそうです。
 これを、外国企業的には『一人一人の社員の能力が高いから、結果が出るのだ』と捉えたようですが、違いますね。
意味合い的には、『能力は二の次、社員一人一人のやる気とか、問題意識の持ち方、質』だと、恐らく日本人にはすぐに通じる会話だと思います。
 接客とかで比べると本当に解りやすい。

 これを如実に表してみせたのが、新幹線の清掃業。
早く、確実に、綺麗でかつ楽しそう。もはやショーの様な流れ。
 ソフト側が高い所に意識を置いてないと、とうてい出来るものじゃないと思います。

 これらをケーススタディに使った時、他国とまるで違う日本企業の重点の置き方に、学生たちは非常に驚くんだそうです。
トップダウン式の経営が当たり前の中、日本は下の意見でもガンガン取り入れるトップが多い。
 勿論こういうのは結局事態と状況に応じて乗り切れるタイプが違うだけの話で、優劣はないと思うのですが、自分たちのやり方で進まない時に、違う視点を入れて成功に導くのは、トップたるものの仕事、と言うわけですね。
 しかし日本も、バブルなどで当時のやり方ではダメだとか、結果の思わしくない経済活動があったわけです。
 それでも長い歴史を持った国家、特に世界最古の企業がいまだ活躍する国の事、何か秘訣があるのに違いないと日本に魅力を感じる学生が多いようです。

 日本への研修旅行も大人気だそうで、さて、隣の芝は青い話ではあるのだけれど、文化の差異を学ぶには面白い話でした。
それぞれの国の歴史と国民性に合った方法は、やはりそれぞれだと思うので、学生さん達には広い視野で情報収集に臨んでもらいたい。そして自分の国がより発展出来るような、道を切り開いてもらいたい。
 経済ってさ、富の数は定数だから、すべての国は同時に栄えないと言うのはあるけれど、どこかの国で成功があれば、それは世界全体にとって貴重な起爆剤になりえる。
 理想論だけど、皆で足を引っ張り合うよりは皆で磨き合って競える、健全な経済市場が世界に出来るといいな。
靴の減り方
 お気に入りの靴は毎日ヘビロテしてるんですが、そのせいで気が付けばソールの摩耗が早い。
靴も厳選してるもんで、ローテーション履きしてないんだよな。
たまに違うのを履いたとしても、そんなに持たない。
 1年履いてきた靴ですが、うむむ…早くも3代目を迎える事になるのか?(気に入っていれば同じ靴を買い直す派。)
まぁ通常だと人よりちょっと履き潰すの早いペースみたいだけど、私的に良い値段する靴なので、毎年これだときつい気もする。
…靴をケチってはいけないと思い知ってから、必要経費だと納得はしてるんですが、もう少し長く持たせたいな。
 と言うのも、見た目、全然綺麗なんですよ。1年ものなんて。
ちゃんとブラシかけたり、湿気抜いたり、洗ったりもしてるから。
 正しく摩耗で交換なんだから丁寧に扱っているとは思うのですが、見た目に綺麗な靴って捨てるのためらうよねぇ…。

 で、下駄箱をじっと眺めた結果、決めました。
まぁ今のお気に入り靴は主に色合いが秋冬用な感じのため、来季の秋に買い直しをはかる。それまで履き倒す。
 お気に入り靴2、先日中敷きがダメになったやつ(結局中敷き交換して履いている)は、元々次に買い直す対象だったので、これを整理して代わりに色合い春夏用靴を買う。(なお家人がちょうど欲しかったらしいので譲った。)
 そして使用頻度が少なかった散歩用の靴(ちょっと小指と足首の当たりが痛くなってきた)を、もう少しオールラウンダーなものに変えて、ローテーション用とする。
 これでシーズン的なものはあるとしても、手持ちの数内でローテーション組める算段。
少しは持つかなぁと思える。
 これに加えて職場靴がボロくなったので買い替え。

 今月は3足もおニュー靴買っちゃったよ…。(´ω`*;)てへ☆
(結局お気に入り靴2は1と同ライン色違いを買う事にしました。靴単体で見た時に凄く素敵な色のもがあったんだけど、持ってる服とことごとく合わなかったため、無難な色にしちゃったけど、履き心地は最高だから満足。)
洗えば使える泥名言

 あー、いつ見ても西原氏の本は気楽に読めていいわ。時々ドキッとするような事書いてるんだけど、もう世界が違う過ぎるからそういう意味で流せるし。
 しかしタイトルの紆余曲折がなかなか面白く(カットでさらっと言ってるんだけど)、元々『泥だらけの名言』だか『泥まみれの名言』だったらしく、そんなのは恥ずかしいと反対しまくってこれとか。その理由が、尾崎豊みたいだからとの事…。ああ、なるほどそう言う感じの言葉か。かっこよくって恥ずかしいと言うのもアレだけど、よく尾崎が出て来るな…。(西原氏的には『翼の折れたエンジェル』くらいのこっ恥ずかしさらしいよ。)

 さて、見開きくらいの分量でひとつひとつ『誰かが言った言葉』がエピソードと共に書かれているんですが、確かに深いわ。(でも例えばTVの『深イイ話』なんかは全然琴線に触れないんだがな。何が違うのやら。)
 ただし、いくらなんでもそれはダメだろと言うエピソードも割とあり、決して自分の生き方と比較するもんじゃない、西原氏の軌跡だからこそ活きて輝く言葉の数々なんだと思う。
 あと、洗わなくてもいい。洗うと恐らくわざとらしくなるからね。

 最後の方に、死んだら生きてる人間に勝手に色々捏造されると言うような話があったんだけど、例えばこの人なんか、後世にどう評価され、説明されるのか、非常に興味深いです。

 西原氏の本は、忘れた頃に読むのがいい具合の濃度だなと思います。
家族旅行
 私だけ行かず。(笑)
いやだって休み獲れとか、やめて下さいこの時期。
行くなら行きなよとクールにお断り。(ちょっぴり金だけ出して。)
 大体行くとなれば自分も運転要員に数えられたらしいんですが、おい、大きい車の運転なんて絶対無理だぞ。
家族の安全を守るためにも、私は引きこもります☆

 ―って、家人がいないという事はですよ、掃除…したい放題って事じゃありませんか?!
いやっほぅ!!
一晩置き系が捗る!!(*‘∀‘)ノ
家全部やりたい放題だーっっvvv
と、妙なテンション。
 うん、まぁ旅行ってパワー使うからね、ありゃ休むためのもんじゃないんだよ。
家で体力を使わない範囲での掃除してる方が今の気分。
 はー、その他は寝倒す。
つくづく出不精虚弱体質だなぁと思います。

 で、より体力を使わない、さらに人が居るとなかなか出来ないものとして、今回は食器磨きに精を出してみました。
ええ、食器棚の食器全部チェックして、欠けは勿論、汚れや傷、くすみ黄ばみ…処分しつつ出来うる限り漂白し直して真っ白に戻してやんよ?!
(そしてこっそりと絶対に使ってないと思われる皿をまた開かずの収納場所に隠す。)
 欠け食器は2つ。
漂白対象は食器籠一つ分くらい。裏がねぇ…意外とくすむのね?高台の縁とか、普段洗う時も表ばっかり気にしてて裏なんておざなりだもんねー。
 あとやたら溝が掘られた飾り皿。…おのれ、本当に使い勝手悪いな。
とりあえず作業前にシンクを磨く所から始める。

 全部終わって食器棚に並べ直したけど、陶器ものって白く磨きさえすれば、古さって解らんものね。
汚れも落ちやすいしレンジも自由、ダントツ扱いやすい素材だと思うわ。(あれで割れ辛く軽けりゃもっと完璧なんだけど。)

 帰ってきた家人のお土産は余すところなくすべてお菓子でした。正解。(=゚ω゚)ノ
解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯

 奇人変人と呼ばれた解剖医のお話です。ノンフィクション。
 しかし本を注文してからすぐに、たまたまこの本のレビューをどこかで見たんだけど、それだけ見てるとどえらい犯罪者と言うかサイコな話だったな。
 この本、タイトルがもう伝記につける感じじゃないよね。フィクション系だよ。
 
 さて、以前読んだ本にもあった外科医の先駆け、解剖医。その研究心留まる事知らず、お上品で古典的な医者(内科医??)の役に立たない迷信や進まない医療を横目に、彼らは率先してその目で、我が手で人間の体の秘密に迫っていきます。
つまり、解剖、死体集め、画期的な外科手術を患者で試す事―。
 宗教的な背景もあるんでしょうか、体を切り刻む事自体がタブーっぽいようで、そりゃ解剖医がめちゃくちゃ言われるわね。
麻酔もなく、酒で酔わせて拷問紛いの痛みに耐えて、各部位切断、それで治らなければ元の木阿弥、治っても部位欠損…と、外科医自体も相当な時代でしたが。
病気部位よりも多めに切るってのが定説だったようですね。
 しかしジョン・ハンター。
難読症で、勉強が出来ず、粗野で短気と人に嫌われながらも、自分の目で確かめ、考える事に関しては誰にも引けを取りませんでした。
 何千と言う死体を掻き集め、切り刻み、構造を知って筋道を立て、独自のやり方でいろんな手術法を確立していったのです。
 それでも彼は、意外にも無駄に切ると言う事をしない医者でもありました。切って治らない様な術を施すくらいなら、自然治癒に任せる派。
ただもうそれだけで内科医はおろか外科医からだって、異端だと謗られてしまうのは致し方ない所でしょうか。果ては同じく医者である兄に、才能を嫉妬される始末。

 物語の序盤は、彼がひたすらに死体を集め、悪びる事なく、毅然として突き進む様子が語られます。
新しい手術法にしても、読んでいて成程な、そんな方法がと感心せざる得ない理論です。(成功してるから言えるんだけどね。)
 そこから続く怒涛の快進撃も、基本的に彼は同じ事しかしていません。ひたすらに雑音は排除、自分がこの目で見た事だけを指針に、異端街道まっしぐら。誰が何と言おうが真実は我が目で見た肉体であり、迷信で治す医者などくそくらえと。
 よくこれでこんなに分厚い本が埋まるよ…と言う程エピソードはあるんだけど、常に同じ展開なのね。意見の相違で喧嘩、喧嘩、喧嘩―。
だけど、面白い。
相手取る人物もいろいろ居ますが、その度にとことんやりあっては前へ進みます。

 これは読む前に思っていた程猟奇的な話で無くて、ただ医学に素直に、愚直に向き合って一生を捧げた、医療物語にしか思えない。
この話を暗く捉えるとしたら、時代背景の方の暗さだろうと思う。
 進化の過程に口を出した時なんて、世界は出来て6000年と言う宗教に、『いや、少なくとも10万年は経っているだろう』説で叩かれに叩かれる。
今や45億年以上と言われる地球の始まりですが、宗教が弾圧してくる事はないですし(個人的宗教家は知らんよ?)、彼なら当時、いや、今の時代に生きていてもやはり相当な革新派の存在になったと思います。

 他、珍しい動物と言った博物学の方にも手を出していた彼ですが、ひとえに解剖、転じてはく製や標本、飽きる事ない肉体の謎への情熱が、ベクトルとなっているんだろうな。
 死して自分の特定部位(病気の部分)を解剖しろと遺言し、そこまでは弟子たちもやってくれたのですが、標本にしろと言う遺言は何の遠慮か果たされず。
 膨大なコレクションは同じく膨大な借金と残され、死してからも彼の不遇は続いたようです。
こうして、はるか未来に彼の先見の明を記録した本が出ようとは、思いも寄らなかったでしょうね。

 分厚い本ですが、つい丁寧に読みたくなる、飽きさせぬ物語でした。
久々の収納問題②
 もうひとつの動く問題。
カバンの置き場所です。
 …これは動くと言うより…『流れる』だな。
自立しないカバン、柔らかいカバンがスペースを食います。
 まぁそれで置き場所があるんだからいいんでしょうけど、でろんとしたカバンを棚に置いて、一つの棚にカバンが3つくらいしか置けないとか…どこのショップやねん、と。(見せない収納です。)

 これについては吊る方式もあるけど、私はあんまりこれが好きでない。
普段から一番テンションがかかるベルトやハンドルを使いっぱなしって、カバンを休ませる事にならなくない?

 じゃ自立させるかと、こちらもまず家にあるもので工作から始める。
欲しいのは大きいカバンの仕切りと、小さいカバンの仕切り。(エコバッグとかなので本当に小さい。)
 で、作ってみたは良いけど、やはり強度が足りない。全く足りてない。
仕方なくこれはすでに自作した後なので欲しい物の詳細やサイズがかなり明確になっているため、店で捜し歩く事に。
 大きい方は簡単に見つかります。
お馴染、ファイル立てですね。
全部の鞄にひとつずつなんて要らず、2つあれば棚壁利用で5つのブロックに分けられるので最小限だけ購入。
 小さい方は思い浮かべる理想ものがほぼないに等しい。
何せ縦横は小さいが、奥に長いものを崩さず置きたいという事で、世の中にそんな奥行きのある棚や区切りはそうそうない。ペン立てでも全然足りない。
単純にぶち抜き木枠だのポスター入れの箱だのでもいいんだけど、それもない。
探しまくってようやく、台所用品の野菜ストッカーがピッタリ。
 以上100均屋さんありがとうで頑丈な仕切りを手に入れました。

 このおかげで手持ちカバンからポーチ、財布に袋までを全部棚一列に並べて収納する事が出来ました。
おお、これは見やすいって意味でも正解な方法だな。
 勿論もうカバンは流れません。
まぁあとはこの置き方で湿気とカビはどんなもんかと言う所だな。密度増したし。
いたずらおばあさん

 まぁ純然たる児童書だろうと思い手にしましたが、その通りでした。
紛う事なき児童書。それ以下でもそれ以上でもない。
いや、これ、褒めてます。
 余計な色気を出さずに、子どものために純粋な語りでお話が練られていて、読んでいて安心して楽しめた。

 お話としてはおばあさんが主役と言うなかなか面白い視点で、洋服研究家の先生が主人公です。
彼女は着ると若返る服を開発してしまい、弟子のもう一人のおばあさんと一緒にその服を着て、8歳の女の子に戻っていろいろやらかしちゃうと言うもの。
 この『やらかす』のも、心はおばあさんだけど、体が子供になると身も軽くなって、いつの間にか心も身軽に、子どものように純粋な気持ちになってくる上でのいたずら心。
知恵や度胸はそのままですから、なかなか普通の子供には出来ない事をやってのけます。
 相手は結構な酷い目にあるんですが、これは『大人から読んでいて、酷く恥ずかしい目』と言い換えてもいいかも。
 子どもが考えると、こんなやつ、いたずらされて当然!とかこれくらいのいたずら、と思える感じなのですが、大人として『もし自分がこれをされたら…』と身震いする程『恥』ないたずらが多いのです。
あー…大人が読んでもささるわぁ。
 感動的とか、そう言う所じゃない。子どもなりの正義があるお話ですが、少なくともお涙頂戴の話ではありません。

 鮮やかにやり込めて、キュートにしめしめとほくそ笑みあう二人のおばあさん。
ラストも綺麗なもので、子どもの心が残っていれば、体は老いていてもキラキラしてるよって言う空気が良い。
このあたりでグッとくるのも大人の読者かと。
子供の頃は子供の頃の良さなんて、自覚がないもんね。
 子どもはいたずらの爽快さを、大人はその裏側の『大人の子供らしさ』を、楽しめるお話だと思います。
久々の収納問題①
 おお…久しぶりに収納問題についてぶち当たりましたよ。
思い起こせば収納の鬼になり始めたのは、中学生からだったなぁ…。(多分一人部屋スタート時。)
狭い部屋でしたから、押し入れ天袋、棚に机…とパズルの様に、如何に物を無駄なく詰め込むかで悩んでおりました。
物量は物凄かったけど、整理整頓は出来てたのよねぇ。ある意味修行時代だったかもしれん。
 しかしそこから長い時間をかけ物を減らし今では立派な捨て魔寄り。
さて、じゃあこんな今更何の収納問題にぶち当たったかと言うと―

スカスカ過ぎて物が動くよ問題。

 収納は大体7、8割で奥や上に物を積み重ねない方式でいってるんですが、引き出しや棚の物が結構動くのね。空間に余裕がありすぎると。
で、崩れる。
…うん、知ってる、仕切りが要るんだよね。
 でも実は仕切りはありゃ便利だが、増やすのが苦手な方。
なんせ、常に一定量の物を所有しているわけでなく、消耗品がストック的に増えたり減ったり、あるいは毎日使う物の出し入れで空白が空くと、下手に仕切りを広くも狭くも取れず…。
大雑把にブックエンドの様なものを可動式で使うしかないんだけど、結局動くのは動くんだよな。

 中でも衛生用品や下着入れを兼ねている化粧台の中身が一番動くんですが、小引き出しは一段丸々使っておらず、中引き出し二つはその中でガンガン物が倒れ、大引き出しは一つが日々3割から8割程度位で中身が変動する。(消耗品入れとなっているため。)
同じくもう一つの大引き出しは洗濯の関係で全部入れればピッタリだが、当然普段はスカスカ動きまくり。

 それでとりあえず家にあるもので対応する所から始めようと、空き箱やペットボトルを工作しつつ、引き出しの中を埋め始める。
…うん、見すぼらしい。(-ω-)
 が、わざわざ収納ケースを買ってもすぐに必要な大きさが変わるし、ここは自分で作り直せると言う点が一番と判断。
 何せ細かくすべての物に仕切り板が欲しいんじゃなくて、物と空間の間に『倒れない』ラインが欲しいと言うだけなんで。
色々考えると崩れそうな要所要所に箱を置くのが一番頑丈で確実かつ楽で自由が利くと言う結論に。

 そして箱を作らなかった他の引き出しについては『極力静かに閉める』で対応。(それは対応と言いませんが。)
だって全部は作ってられんかったわ…。OTL
 作るのが面倒なら小さいケース買って来いよ案は捨て。
 何せ安いからと安易に100均なんぞでケースを買い足し、今まで何度にしっくりこず幾つのケースを捨てる羽目に陥ったか。
こんなもん、仮設置しといて忘れた頃に十分機能が果たされていると踏んだら、初めて市販のしっかりしたやつを探して交換すればいいんだわ。見える所じゃないしね。

 あと収納を広げたいがために安易に収納ケースを買ってくると言う手法が基本的に納得出来ないタイプなんで、この手のケースを即買いするのにも抵抗がある。
(横道だがあれが与えてくれるのは空間でなく、『便利に物を出し入れ出来ます』機能であって、収納ケース分、容積は増えてるんだもんね。空間を売って便利を取るものだし、『専用』って『応用』が効かない事でもあるので…。)

 中学時代からいまだに使い続けているケース類は、至ってシンプルな小さすぎず、大きすぎないものばかりです。
経験上、やたらと小さい、大きいケースは結局無駄になる事が多い。だから今回の様に小さすぎるケースはちょっと慎重。
本当に偉いのか

 歴史に名高い人物は、周囲からその偉業や生き方を持ち上げられてはいるけれど、そういう人たちって、『本当に偉いの?』と言う本。
あら楽しそう。
 著者の独断と偏見で語られるわけなので、その分えらい派も独断と偏見で、判定はどっこいどっこいかも知れません。
ただ、実際にその人物がやっている事を知るというのが、まずは判定の第一歩。
 知らないのに名前だけ凄い凄いと独り歩きしていても確かにタイトルの様な疑問は沸いてくるよなぁ。

 それにしてもなかなか大胆に『明治時代に英語で本を出した辺りは大体偉いと言われている』から始まって、名だたる文豪をばっさばさ。
 続く歴史の有名人も、器が小さいだの、大したことはやってないだの、本気で何の気負いもなく腐しています。
…凄い。ある意味、ここまで世間の一般的な人物像を否定出来るって、凄い。
 何せこの人、まぁ個人的な感想という事はさておいて、批判する以上、きちんと作品は複数、時には英語で読むわ、歴史は調べるわ、決してイメージや少ないエピソードで物を言わない。
 たまーに、自分が好きだった人物を嫌いになったり、もっとこういう人が偉いと言うのもあって、思う所があれば割と柔軟に意見も変える。
 あー、例え自分と意見が違っていても、感情的な部分以外はフェアっぽいな。
好き嫌いなんてそれこそ個人の好みだしね。
 何よりも、『嫌いなものは嫌いって言っていいんだ』と言う妙な安心感が得られる…?

 同意する本と言うよりは、思想や言論の自由を見た本です。
只今のカバン
 とりあえず革鞄を衝動的に洗った日から、すべての鞄を念入りにメンテして見直しをしていました。
汚れや消耗度は勿論の事、今のライフスタイルに合っているのか、不便はないか、テイストは変わらずに好きか…等々。
 やはり一軍以下は多少の入れ替わりが発生。

 そんなこんなで只今のカバンの数は8つ。
★不動名だたる冠婚葬祭用。何が気に食わなかろうが減るに減らせない厄介な一品。
★荷物が少ないんでこれで何とかなるそこそこの大きさの旅行用ナイロンボストン。私の旅行にカートとかスーツケースなんぞ要らぬ。軽さ重視で日常的にも流用。
★タウン用だけど軽めのハイキングもこなしてもらおう、リュック。
★革の割に雨の日でも結構いけるショルダーバッグ。ヘビロテ。
★雨の日には使えないかっちりめの革ハンドバッグ。ヘビロテ。
★手ぶら大好き、革ウェストバッグ。
★別名水筒運び用トート。先日のサブバッグから買い直しをはかった。
★ランニングポーチ。こちらも保管場所が悪かったのか、吊っていた金具から錆び移り。…ぇぇ~…。(;´Д`)白いのにご無体やで…。あと数年使っていながら今更なんですが、揺れ時のフィッティング感が微妙なので新調しちゃいました。春の浮かれ気分が怖い。

 これに他は数には入れないエコバッグと図書館バッグくらい。保冷バックもカバンではなく単なるアルミ袋にしたから嵩張るものはちょっと減ったな。(持ち運びも省スペースでよろし。)
 今後革のハンドバッグとショルダーバッグは念入りに吟味の上、統一予定ですので、あとちょっとはすっきりするかなぁと。

 じりじり減らしてきてはいるんですが、何のかんのと全然どうにかなってるし、まだまだ使用頻度の少ないものがあるってのが困惑するよねぇ…。
 とりあえず用途と形の被るようなものは無くなりました。日々進歩。
かさをささないシランさん

 これも予想と違ったお話。
雨が降っても傘を差さなかったと言うだけで、牢屋に入れられてしまったシランさんと言う、国による弾圧や統制を受ける事への云々…と言う物語なのですが、想像に反して、シランさんは決して望ましい主人公ではなかった。
 まず何が衝撃って、ラストですよ。
シランさんは助かってませんし、また、どこかしら自業自得の様に話が結ばれる。
 いや、ラストにはもはや、シランさんと言う個人はどうでも良くて、大勢の中の一人としての怖さ、責任、力―そんなものを無理やり押し寄せる波の様に考えさせられる展開なのです。

 確かにシランさんはとんでもない理由で国に投獄されます。
皆が雨に濡れるのが嫌で傘をさすのに、こいつは喜んで濡れていて、事実家に傘が一本もない。異端だ。何をしでかすかわからない。国の安全のためだ―。
 この流れで何の罪もないのにいきなり人生を狂わせられるのですが、シランさんは冒頭、遠い国の遠い人たちの飢えの苦しみだとか、謂れなく自由を奪われる人たちへの支援の一筆だとかと、『どの時代でもこういう事は起きるよね』と心を痛めたふりをしながらも、他人事で流しているのです。
これ、シランさんを責められない…。
 自分一人が動いても何も変わらないと言う諦めには、自分一人が手助けしなくても問題ないだろうと言う他力本願の姿勢や、所詮は他人事と言う自分勝手、いや、問題意識すら持てない心情が一緒に含まれている。これ、物凄く、リアルな一般人じゃないですか。
 それなりに先進国に生まれれば、居ながらにして様々な世界の窮状を知る事が出来ます。
おまけに自国の貨幣の価値でも高ければ、簡単に手助け出来る位置に居る事になります。
 それでもまず自分の生活しかリアルな問題に考えられないし、自分の国の事は自分でやってくれとか、偽善だとか、知りえたすべてに手を差し伸べろと言うのかとか、色々な意見もあるでしょう。
『何もしないから』と言って決して攻められるものでもないはずです。
 でもこの本では、皮肉にもシランさんは檻の中で、一転して遠い国の人々と同じ苦境に陥るのです。
そして、そんなシランさんを助けようと―遠い国の見知らぬ人が、手紙を書きます。
冒頭、シランさんが書かなかった、手紙を。
その苦境を憂い、国に彼の解放を願う手紙を―。
 シランさんは、誰かに自分の手を差し伸べませんでしたが、誰かに手を差し伸べられるのです。
この本ではシランさんがそれにどういう反応をしたとか、シランさんのその後は一切書かれていません。
…重いなぁ…。

 このラストを見てまで、だから助け合うべきだとか、単純には言えません。
自分も助けて欲しいからそうするのと、明日は我が身と思い行動するっていうのは、似てるけどちょっと違うと思えるし。
 全身全霊奉仕の心なんて理想論は言いませんが、この本の訴えかける所って、心のひだの非常に入り組んだ部分に感じます。
 なお、シランさんは遠い国の人々に共感されましたが、現実に顔を合わせていた職場や趣味の仲間たちには、あっさりと手の平を返され、無関係だとすぐに忘れられてしまっています。
 こういう対比までされると、ますます難しい問題です。
 言おうと思えば遠い国の人々の心が優しいわけでなく、火の粉が降りかからないから好きに動けるんだとか、自己満足のボランティアだとか、そっちの面でも賛否両論出そうな感じ。

 様々な角度から、色んな良心と折り合いとが絡みあう作品。
考えだすと、動けなくなるね。やらない善よりやる偽善と言う言葉を思い出した。

 なお、イラストはポップなくらいの海外チックなタッチ。線画と言ってもいいくらいのシンプルさ。
なのにシランさんが投獄された時の怖さときたら…。何なの、絵本の力って。
オールインワンと言う言葉が好きだ
 とうとういざという時用の化粧水だの髪のトリートメントだの、そもそものお肌保護用だののすべてを、例のハンドクリーム一本でいいんじゃないかと言う疑いが捨てきれず、テストを始める。
ワセリンはワセリンで要るけど、どこまでいける子なんか試してみたくなったんだ。

 で、まず化粧水替わり。正しくは乳液替わりなんだけど、まず基本的に私はそもそも化粧水だのを使ってない。が、たまーに荒れる時用に全くないと言うのも困るもんで、仕方なく旅行用の小さいサイズを置いておくんですが、最近それすらも余らせると言う体たらく。
 で、お風呂上がりに十分水分吸ってる所にクリーム塗っておけば、何よりもさらっとかつしっとり仕上がる事を経験済みなのでこれはクリア。もうこいつでいい。
 次にトリートメント。洗髪に使うトリートメントとしては使えないけど、洗いすぎてしまった時のアウトバストリートメントとしてはまた優秀。少量でさらっと、これもいける。
 ボディ、及び本来のハンドクリームとしての様とも勿論OK。
 あともしかして、クレンジングとかいけないかね、これ?
コールドクリーム的な使い方はどうだろう。
考えてみればクリームクレンジング、合ったよなぁ…。

 早速試してみる。
するとですよ、洗顔料で落ちるとされているレベルのUVカット剤とか、簡単な化粧、これが普通に落ちるね。びっくり。
 あー、乳化とか親和かぁ…確かに理にはかなってるわ。
 それどころか、文字通り保湿剤で洗ってるから、突っ張るわけもなく、その上綺麗に落とした後も最低限適度にクリーム効果が残ってる。
手も荒れるわけがなかった。
 ―やだ、これ、邪道かつ自己責任だけど、良いじゃない。もうこれでいける??いけるとか言っちゃって良い??自分が一番半信半疑だけど、少なくとも手が荒れない(という事は肌にも負担がかかっていない)わけだもんな。( ゚Д゚;)―コスパ的には贅沢だが。

 そんなわけで俗にいう所のクレンジング、洗顔、化粧水、乳液、美容クリーム、シャンプー、トリートメント、ボディソープにボディクリーム、ハンドクリーム。
ここらスキンケアものここまでを、たった3種類のアイテムで補える事が判明。(実際は2種類にも出来るんだけど、気分的に使い分けたいテクスチャーがあるので、3つ。)
 実際上記の物は毎日使用するような事もないんで、常日頃種類を備えておくのが邪魔でしょうがなかった。
 そして何が嬉しいって、すべて買おうと思えば売ってる所を探し回らなくてもいいレベルの製品で揃ったところだわ。あああ、これでいちいちアトピー肌を考えてマイナーな商品を送料払って通販で買わなくて良くなる。

 あとワセリンはやっぱり医療品として使用する事にします。アトピーとか傷用だね。
スキンケアとしては私的に油分が多すぎて使い勝手が悪いようだし。(リップとしては優秀。)
 まぁ今あるのを順次使い切ってから、統合して行こうかねぇ…。
自殺予定日 Scheduled Suicide Day

 読んですぐに引き込まれました。
あらすじから面白そうだったんですが、細かい設定はおいといて、ぐんぐん読ませる流れがある。

 主人公は中の下の女子高生。
小さい頃に母親を亡くし、愛する父親は再婚を。
当然継母などに懐きはしないんだけど、再婚してすぐに父親が無くなると言う、今や他人の継母と暮らしている。
 しかし継母の些細な行動が鼻に付き、父親の生命保険や事業の乗っ取りを企まれ、父は継母に殺されたのではないかと疑いを持つ主人公。(多分誤解だと思うんですけど。そこまでの描写だとそんなに怪しいもんでもないしなぁ。)
勿論証拠も何もないので警察ではお払い箱。
 とうとう主人公は遺書に『継母が父を殺した』と糾弾して死ねば疑ってもらえる。嫌がらせに終わっても復讐出来ると考え、自殺を企みます。(払う代償も大きいし、狙い通りいくのか怪しいもんだが。)

 まぁ、自殺までの流れはどうあれ、とある田舎の山の中で首を吊ろうとすると、いきなり青年にタックルで自殺を阻止される。それも、同情で可哀想だとかでなく、「勝手に死なれて自殺の名所と呼ばれる土地の人の身にもなれ!人に迷惑かけて死ぬな!」と怒られ―。
 うん、正論。まぁただ、死んで自分の身は片付けられないから、誰かの迷惑にならない死なんて、なかなか出来るもんじゃないんだよねぇ…。
(自分でボート買って、太平洋の真ん中で身投げするくらいか?しかも自分を探す様な係累が全くいない前提で。将来的に死体が流れ着いたらごめんなさいだけど。)

 で、主人公が流れで自殺しない様に見張る青年は、話を聞き、「じゃあ証拠を見つけようぜ」となる―。
面白そう。
 青年は上手い事「見つかるまでやれ」と言い含めようとしたけど、主人公は待ってられるかと期限を一週間と決めます。
これがタイトルの『自殺予定日』。
 ここで、青年が幽霊だった事が解り、そこだけちょっとがくっと来たけど。出来れば生身シチュエーションが良かったな。(これについては後々すごく納得の行く終わり方になるので良しとする。)
 ただ、幽霊が故に死についての説教も効くし、ついて行く事は出来ないので、知恵は貸すけど行動は主人公しか出来ないと言う縛りは○。
 実際に主人公は、放任されているのを良い事に、夏休みを友人と旅行に行くと偽って、この片田舎のホテルに泊まり、一日一日継母の留守中を狙って帰っては家の中で証拠を探すのです。
幽霊青年のアドバイスに従って、PCを解析したり、ばれない様な変身をしてみたり―。
 そうこうしている間に、主人公は、友人たちとももめていたりと色々八方ふさがり気味なのですが、幽霊青年の容赦ない毒舌(いや正論なんですが)でべこべこにへこまされつつも、ちょっとは考えるきっかけを得ます。
そして探していた証拠がとうとう―?!

 そこからは一気に解決に至るわけですが、想像していたよりも素直で、綺麗で、優しい物語でした。
このタイトルからしてもっとひねくれた様な物語かと思っていたけど…。(優しすぎて流れが多少ご都合に思えなくもないけど、変にとんがった物語よりこっちの方が好きだわ。)
 タイトルにはWミーニングがあったのかな?

 分量の割にすぐに読めてしまいますし、複雑な話でもなくすっきりと。
構えずに読める優しいミステリーでした。