かつて、「○○さんの絵に似てるねー」と言われたことがある漫画家さんはこのお二人。↓↓↓
…うん、ばりばりコロコロ系だね。(−−
まぁいいんですよ、自分がもし漫画を描くとしたら、絶対コロコロ系作家がいいから!ジャンプでもガンガンでもなく、コロコロ!びば!!(*ノノ)
でも、似てるか??
ちょっと皆さんの意見を求めたいよ。
Dの絵は、しいて言うなら誰の絵の系統なの???
ご意見プリーズ!!

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![]() | Bー伝説!バトルビーダマン 8 (8) 犬木 栄治 (2005/12/24) 小学館 この商品の詳細を見る |
…うん、ばりばりコロコロ系だね。(−−
まぁいいんですよ、自分がもし漫画を描くとしたら、絶対コロコロ系作家がいいから!ジャンプでもガンガンでもなく、コロコロ!びば!!(*ノノ)
でも、似てるか??
ちょっと皆さんの意見を求めたいよ。
Dの絵は、しいて言うなら誰の絵の系統なの???
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あかん。もはや触れずにいられないこの問題。(ノ ゜Д゜)ノ = ┻┻
最近、報道で持ちきりのこの話題。
容疑者は「盗作ではない」と言い切っているらしいですね。
もう空いた口が塞がらん。
ここでは容疑者じゃなくて、あえて犯人と言いたい。
どう見ても盗作じゃないか。
絵描きが他人の絵を真似することはあると思いますよ。
それがすごく好きな絵で、最初はこんな絵を描きたいと思い筆をとる。
あって当然の感情だと思います。
そこまで話を難しくしなくても、日本では同人誌や二次創作、身近な話にいたっては、好きな漫画やアニメのキャラを、ノートにラクガキしたり
するでしょう、誰でも。
でもそれを「盗作じゃない」と言い切る神経の方が信じられんわけです。
真似ることは、絵を練習するのに最初のワンステップだと思いますよ。
それを紙の上に描かれたものを真似するのか、写真を模写するのか、現物をデッサンするのかは人それぞれでしょうけど。
特に紙に描かれた物(ウェブ含む)を真似るという行為は、現在社会で掃いて棄てるほど氾濫するコンテンツという性質上、最も手軽で、最も入手が容易で、最も目に付きやすい素材なわけですから、一番数が多いのでは。
特にそれはすでにオリジナルの作者のデフォルメ、技巧で処理済のものですから、模写しやすいに決まってる。
練習すればいいですよ?別に。
ただし、それを公開するのはどうかと。
自分のものだと言わんばかりに晒すのはどうかと。
公にした時点で、それを模写だと明言しないものは、すべて「絵の練習」から「絵の盗作」と成り下がる。
で、世の中の多くのおおよそ「絵描き」と称する人物は、それをしません。
なんでって?
そりゃ拙いにしろ、自分の作品にプライドを持っているからです。
それは自分の絵か?
違うだろう??
ひとつの盗作が存在すれば、その他の本当に自分のオリジナルの作品も、必ず「疑われる」事になる。
どうしてわざわざ自分の絵を貶めようとするのかね?
そもそも他人のコピーで何が嬉しいのか?自分の作品に必要なのは
作品への愛が第一で、他人の猿真似技法じゃないだろう。
上手い人の絵を真似る。上手い人の名声を味わいたい。
そんな理由で描く作品は、絵が好きだから描いた物じゃない。
単なる自己顕示欲だ。
その人の絵が好きだったから。もっと上手くなりたくて…。
理由になりません。
好きな絵だったら好きに描けばいいけど、なんで公開する必要があるのかね?公開する=人に見てもらいたいわけでしょう。
公開したから上手くなるわけでもないし、顕示欲以外に何があるかね??
公開しなければ練習として、誰かの絵を真似るのは非難しませんよ。
誰でも通る道ですし、ただ、一から十までその人の絵を真似ました、って履き違えてると思う。
おのれはその人になりたかったのか、と。
なれません。なれませんよー?
自分は自分でしょう。
「その人みたいになりたい」と「その人になりたい」は全然違うから!
その人の絵は何で魅力があるんでしょう?
その魅力の源は何ですかね?その人の絵はその人が一生懸命育て上げてきた世界で唯一の魅力なんです。
絵の魅力は技術だけではありません。
最後に輝きをプラスするのは、作品にこめられた想いです。
理想論ですか?ある意味そうでしょう。
でも絵描きの信念です。
最近とあるブログの盗作問題を知りました。
その方の絵、上手いんですけど生気が感じられませんでした。
何でだかわからなかったんですが、絵の魅力を褒める気になれなくて。
そしたら盗作と知った。
なるほど、その方が真似できたのは技術だけで、輝きと言う魅力は真似出来なかったんだな、と心底思ったんです。
きっと下手でも自分の絵を描いていれば、魅力的な絵と感じたはずなんです。
構図を褒めるのではない、線の綺麗さを褒めるのではない、説明できない「好きだなー、この絵」という湧き上がるもの。
それは決して盗めません。その人自身から湧き上がるものです。
盗作を盗作じゃないと言い切る方。盗作をされている方。
自らその輝きを殺して、死人のように生きていくのですか?
そして盗作は盗作をされた側にも大きな傷を与えます。
オリジナルのプライドを、踏みにじっている事、わかってますか?
倫理観でも腹が立ちますし、絵描きとして、そういう人を絵描きと認めたくありません。
最近、自分の身の回りでも盗作に関する問題はとても多いです。
盗作しました、盗作されました。そういう話を聞きます。
今までは個人的な事なので別段ここで語ることはなかったのですが、今回の報道、本当に語らずにはいられませんねぇ…。
盗作の甘い誘惑もね、わかるんですよ。
でもね、絵描きとしての自分の人生と、一時期の仮初の技術。秤にかけたらどっちが重いか一目瞭然でしょう。
(ちなみにDは、SQで描くモンスター・NPCの一部画像差し替え時に、元絵に似せて画像を用意したことがあります。
それはあくまでもはなから「差し替え」用の目的として、なるべく同じようなイメージで、と言うものでした。
しかしイメージを真似るだけでも結構苦痛でした。(苦笑)
それどころか、動物やら骨やらの見本にする図鑑を見ながら描くのも結構つらい…。(いや、それは単にデッサン嫌いでは。(笑))
模写する人はそういう苦痛、感じないのかな?( ・ω・ ;))

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最近、報道で持ちきりのこの話題。
容疑者は「盗作ではない」と言い切っているらしいですね。
もう空いた口が塞がらん。
ここでは容疑者じゃなくて、あえて犯人と言いたい。
どう見ても盗作じゃないか。
絵描きが他人の絵を真似することはあると思いますよ。
それがすごく好きな絵で、最初はこんな絵を描きたいと思い筆をとる。
あって当然の感情だと思います。
そこまで話を難しくしなくても、日本では同人誌や二次創作、身近な話にいたっては、好きな漫画やアニメのキャラを、ノートにラクガキしたり
するでしょう、誰でも。
でもそれを「盗作じゃない」と言い切る神経の方が信じられんわけです。
真似ることは、絵を練習するのに最初のワンステップだと思いますよ。
それを紙の上に描かれたものを真似するのか、写真を模写するのか、現物をデッサンするのかは人それぞれでしょうけど。
特に紙に描かれた物(ウェブ含む)を真似るという行為は、現在社会で掃いて棄てるほど氾濫するコンテンツという性質上、最も手軽で、最も入手が容易で、最も目に付きやすい素材なわけですから、一番数が多いのでは。
特にそれはすでにオリジナルの作者のデフォルメ、技巧で処理済のものですから、模写しやすいに決まってる。
練習すればいいですよ?別に。
ただし、それを公開するのはどうかと。
自分のものだと言わんばかりに晒すのはどうかと。
公にした時点で、それを模写だと明言しないものは、すべて「絵の練習」から「絵の盗作」と成り下がる。
で、世の中の多くのおおよそ「絵描き」と称する人物は、それをしません。
なんでって?
そりゃ拙いにしろ、自分の作品にプライドを持っているからです。
それは自分の絵か?
違うだろう??
ひとつの盗作が存在すれば、その他の本当に自分のオリジナルの作品も、必ず「疑われる」事になる。
どうしてわざわざ自分の絵を貶めようとするのかね?
そもそも他人のコピーで何が嬉しいのか?自分の作品に必要なのは
作品への愛が第一で、他人の猿真似技法じゃないだろう。
上手い人の絵を真似る。上手い人の名声を味わいたい。
そんな理由で描く作品は、絵が好きだから描いた物じゃない。
単なる自己顕示欲だ。
その人の絵が好きだったから。もっと上手くなりたくて…。
理由になりません。
好きな絵だったら好きに描けばいいけど、なんで公開する必要があるのかね?公開する=人に見てもらいたいわけでしょう。
公開したから上手くなるわけでもないし、顕示欲以外に何があるかね??
公開しなければ練習として、誰かの絵を真似るのは非難しませんよ。
誰でも通る道ですし、ただ、一から十までその人の絵を真似ました、って履き違えてると思う。
おのれはその人になりたかったのか、と。
なれません。なれませんよー?
自分は自分でしょう。
「その人みたいになりたい」と「その人になりたい」は全然違うから!
その人の絵は何で魅力があるんでしょう?
その魅力の源は何ですかね?その人の絵はその人が一生懸命育て上げてきた世界で唯一の魅力なんです。
絵の魅力は技術だけではありません。
最後に輝きをプラスするのは、作品にこめられた想いです。
理想論ですか?ある意味そうでしょう。
でも絵描きの信念です。
最近とあるブログの盗作問題を知りました。
その方の絵、上手いんですけど生気が感じられませんでした。
何でだかわからなかったんですが、絵の魅力を褒める気になれなくて。
そしたら盗作と知った。
なるほど、その方が真似できたのは技術だけで、輝きと言う魅力は真似出来なかったんだな、と心底思ったんです。
きっと下手でも自分の絵を描いていれば、魅力的な絵と感じたはずなんです。
構図を褒めるのではない、線の綺麗さを褒めるのではない、説明できない「好きだなー、この絵」という湧き上がるもの。
それは決して盗めません。その人自身から湧き上がるものです。
盗作を盗作じゃないと言い切る方。盗作をされている方。
自らその輝きを殺して、死人のように生きていくのですか?
そして盗作は盗作をされた側にも大きな傷を与えます。
オリジナルのプライドを、踏みにじっている事、わかってますか?
倫理観でも腹が立ちますし、絵描きとして、そういう人を絵描きと認めたくありません。
最近、自分の身の回りでも盗作に関する問題はとても多いです。
盗作しました、盗作されました。そういう話を聞きます。
今までは個人的な事なので別段ここで語ることはなかったのですが、今回の報道、本当に語らずにはいられませんねぇ…。
盗作の甘い誘惑もね、わかるんですよ。
でもね、絵描きとしての自分の人生と、一時期の仮初の技術。秤にかけたらどっちが重いか一目瞭然でしょう。
(ちなみにDは、SQで描くモンスター・NPCの一部画像差し替え時に、元絵に似せて画像を用意したことがあります。
それはあくまでもはなから「差し替え」用の目的として、なるべく同じようなイメージで、と言うものでした。
しかしイメージを真似るだけでも結構苦痛でした。(苦笑)
それどころか、動物やら骨やらの見本にする図鑑を見ながら描くのも結構つらい…。(いや、それは単にデッサン嫌いでは。(笑))
模写する人はそういう苦痛、感じないのかな?( ・ω・ ;))

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歳をとるごとに物事を深く考える能力が
枯渇していきます。(爆)
いや、まてよ?!普通は思慮深くなっていくんじゃないのか?!
歳を召すという事はそういう事だろう?!?
確かにね、経験は増え、危うい事は少なくなっていくと思いますよ。
でもね、もしかしたらそれをあまりに淡々とこなすようになったから、考える段階を踏まずに、反射神経で物事に対処しているのかもしれない。
それはあくまで経験則なわけで、なるほど、その手以外を使わなくなる。やがて他の手があることも忘れる。
ちょっとした歳をとる事の弊害でしょうか。
賢くなる事は動く事に成り代わって身に付くのかもしれない。
さて、今回言いたいのはそのような事ではない。
これはあくまでも前振りだ。
Dは考える事を拒否しがちな読書傾向にあるよ
ってのが今回のテーマ!(大層な)
いやぁ…昔は、シリアスな話をたくさん読んでた。
物事の光の面よりも闇の面に深く興味が移る時期なんだろうかね?思春期ってやつは。
だからと言ってそういう部分に傾倒するわけではありませんでしたけど、手に取る機会は確かに多かった。
しかしその時期を超えてしまうと、やっぱり自分のパーソナリティ本来の嗜好がもろに表れてくる。
はいな、めっきりお涙頂戴、シリアスバリバリなジャンルに食指が動かなくなりました。
なんで人はわざわざ泣きたがるのか?感動物は強いのか?
主人公が苦悩すると、共感を覚えるのは絶対定理なんでしょうかね?
私ははっきり言って、それで主人公に共感を覚えることは稀です。
どっちかというと悩む主人公には突っ込みや激を飛ばす派。
そういえば昔から、名作劇場なんかでも主人公が苦労する話は嫌いだった。たとえ最後がハッピーになるとわかっていても、だ。
つらいのよー。その途中経過が不快に思えてしょうがないのよ。
主人公をいじめるライバル!なんでそんなひどい事するの?
主人公を襲う運命のいたずら!そんな不運がどうしていくつも??
もうこのフラストレーションが耐えられないんですわ。
で、結果的にそういう部分を飛ばして見るくらいしかしないわけで、そら
ネロが天国に召されるシーンでも感動のかの字も感じないわな。(−−
はい、(かわいそうだから)見たくない名作劇場「フランダースの犬」「小公女セーラ」「赤毛のアン」(←これはアン自身の苦悩が多すぎて気が滅入る。)「あしながおじさん」など。
反対に平気で見れたのは「七つの海のティコ」「トムソーヤの冒険」あたり。
ね、で、とにかく考えさせられる作品は要注意なわけですわ。
それは自分がメンタル的に引き込まれやすいのもあるし、わざわざつらい気持ちにシンクロなどしたくないのです!(T▽T;)
上で書いた「主人公への突っ込み、激」はマジにむかついている時もありますが、この引き込まれやすい体質だからこそ、主人公に成り代わってそのシチュエーションに不満をぶつけているわけです。
そう考えると、意外に自分は物語を読むのに適した性質を持っているのだと思いますよ。
シリアスが読めない、難しい(学術的な意味でなく、考えさせられる内容の)本を敬遠する人は、案外そういう本に一番シンクロ出来る人が多いのではないでしょうか。
好んで読む人は、例えば泣くために読むのだと聞きます。
その後の気持ちの切り替えが出来るからこそ、手軽に好んで読めるんでしょうねー。強いなぁ…。
そんなわけで、本の世界から帰って来れない人は、自ら開いてはいけない本がたくさんある。ちっ。

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枯渇していきます。(爆)
いや、まてよ?!普通は思慮深くなっていくんじゃないのか?!
歳を召すという事はそういう事だろう?!?
確かにね、経験は増え、危うい事は少なくなっていくと思いますよ。
でもね、もしかしたらそれをあまりに淡々とこなすようになったから、考える段階を踏まずに、反射神経で物事に対処しているのかもしれない。
それはあくまで経験則なわけで、なるほど、その手以外を使わなくなる。やがて他の手があることも忘れる。
ちょっとした歳をとる事の弊害でしょうか。
賢くなる事は動く事に成り代わって身に付くのかもしれない。
さて、今回言いたいのはそのような事ではない。
これはあくまでも前振りだ。
Dは考える事を拒否しがちな読書傾向にあるよ
ってのが今回のテーマ!(大層な)
いやぁ…昔は、シリアスな話をたくさん読んでた。
物事の光の面よりも闇の面に深く興味が移る時期なんだろうかね?思春期ってやつは。
だからと言ってそういう部分に傾倒するわけではありませんでしたけど、手に取る機会は確かに多かった。
しかしその時期を超えてしまうと、やっぱり自分のパーソナリティ本来の嗜好がもろに表れてくる。
はいな、めっきりお涙頂戴、シリアスバリバリなジャンルに食指が動かなくなりました。
なんで人はわざわざ泣きたがるのか?感動物は強いのか?
主人公が苦悩すると、共感を覚えるのは絶対定理なんでしょうかね?
私ははっきり言って、それで主人公に共感を覚えることは稀です。
どっちかというと悩む主人公には突っ込みや激を飛ばす派。
そういえば昔から、名作劇場なんかでも主人公が苦労する話は嫌いだった。たとえ最後がハッピーになるとわかっていても、だ。
つらいのよー。その途中経過が不快に思えてしょうがないのよ。
主人公をいじめるライバル!なんでそんなひどい事するの?
主人公を襲う運命のいたずら!そんな不運がどうしていくつも??
もうこのフラストレーションが耐えられないんですわ。
で、結果的にそういう部分を飛ばして見るくらいしかしないわけで、そら
ネロが天国に召されるシーンでも感動のかの字も感じないわな。(−−
はい、(かわいそうだから)見たくない名作劇場「フランダースの犬」「小公女セーラ」「赤毛のアン」(←これはアン自身の苦悩が多すぎて気が滅入る。)「あしながおじさん」など。
反対に平気で見れたのは「七つの海のティコ」「トムソーヤの冒険」あたり。
ね、で、とにかく考えさせられる作品は要注意なわけですわ。
それは自分がメンタル的に引き込まれやすいのもあるし、わざわざつらい気持ちにシンクロなどしたくないのです!(T▽T;)
上で書いた「主人公への突っ込み、激」はマジにむかついている時もありますが、この引き込まれやすい体質だからこそ、主人公に成り代わってそのシチュエーションに不満をぶつけているわけです。
そう考えると、意外に自分は物語を読むのに適した性質を持っているのだと思いますよ。
シリアスが読めない、難しい(学術的な意味でなく、考えさせられる内容の)本を敬遠する人は、案外そういう本に一番シンクロ出来る人が多いのではないでしょうか。
好んで読む人は、例えば泣くために読むのだと聞きます。
その後の気持ちの切り替えが出来るからこそ、手軽に好んで読めるんでしょうねー。強いなぁ…。
そんなわけで、本の世界から帰って来れない人は、自ら開いてはいけない本がたくさんある。ちっ。

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ずーーーっと気になっていた「おばちゃま」シリーズ。えらい続いてるもんで、手に取るのを控えていた部分があります。
手に取ったら次々と読まねばならんのだろう…と。
最初に一作だけ読んでみようと、シリーズの初巻を。
すると…想像していたのと違って、意外とハードよ?!!
うわー、コメディじゃないの?設定がコメディなのに、キャラが平気でひどい目にあうよ?死んじゃうよ??
予想を上回るハードボイルドスパイ小説でした。
せ、設定はコメディなのに…。(繰り返す)
そんなわけで、念のため第二作のイスタンブールも読んで見ましたが、さらに死人の数が増えていくので、期待していたスパイコメディ物よりもハードだわぃ、と続きを手にするのはやめました。(*ノノ)
なんかねー、基本的に私は、主人公とか周りの人間が肉体的・精神的に痛い目にあう作品は、途中経過でも嫌なわけ。
ラストはすごく清々しいんですけどねー。^^;

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