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元モンスター描き。 諸々の感想と近況ブログです。   since2005.05.15
アウシュヴィッツの歯科医

 この単語を聞いただけで、ナチスの事しか思いつかない地名なんですが…。
その通りユダヤ人強制収容所の話です。
 表紙も分かりやすく、歯医者―と言うのはナチス側の要員ではなく、収容された側のユダヤ人の語り手なんです。
正確には歯医者見習い。
 しかし過酷な戦況下の中では、見習いだろうが貴重な医師です。彼はろくな道具も知識もない中、経験だけで乱暴ながらも技術を身に着けていきます。
 けれど何より上記を聞いても覆されるイメージは、貴重な医者だからと言って彼がなんら優遇もされない『囚人』と言う身分である事です。

 そもそも収容される事からして理不尽なものですから、収容される前から始まる人種差別、国からだけでなく近隣住人からの手のひら返し、道行く見知らぬ人間からの罵りや暴力、収容される前から地獄は始まっています。
この地獄は果てる事を知らず、収容所の中でも気晴らしのために、或いはその意識すらないままの『当たり前の日常』の如く、鞭を振るわれ無抵抗に殺され…。
 今現在の私たちはすでにアウシュビッツが何であったかを知っているので内容は想像通りなのですが、当時、そこで何が行われていたのか、他国(自国の中でも)は知らずにいたわけです。話を聞いても信じられぬ様子。
 少しだけ思いもよらなかったのが彼らの『他国は何をしてるんだ?ここで何が起こっているのか知らないのか』と他国の参入が当たり前のようなセリフ。
…うーん、当時の情勢まで詳しくわからないからあれだけど、外国の人=助けてくれる人、だったんだろうか?
 所がその他国の人もユダヤ人を差別するという夢も希望もない現実。
(ここら辺、何がそんなにこの人種差別の感情を空き起こしたのかわからないんだけど、昔土地だの金だの取られただとか前の戦争を始めたのはお前らだとかなんだか??そういうセリフはありましたが。)
 それどころか同じユダヤ人でもどこの国のユダヤ人かでさらにカーストが…。(ユダヤ人ってそんなに各国に散らばっているのか。移民??)
 何にせよナチスはアーリア人こそ至高、です。
中にはナチスの中でさえ上のやり方に不満を持つ者はいましたから、出来る範囲での優しさを見せる者もいるのですが、戦争脳、選民脳になっている人間たちの勢いと権力が段違いなので、語り手の周囲でもバンバン知人は死に、自分も何度も死にかけます。

 一つ一つのエピソード自体は想像できるものですが、この本、とにかく記憶が細かい。
よくここまで事細かに覚えているなと言う描写と周囲の人間の動きやセリフ。
(この方、語る事で当時の悲劇を訴えている方なんですが、声を失う恐れがあって、本にするしかないとこの一冊に打ち込んだ。その熱意が詰まっている。)
 単純に何をされた、というよりもその合間の普段の日常や虐待そのものでない事柄の些細な描写が現実感ありすぎて、かえって拷問のシーンを強調しています。不思議…と言うか、体験談と言うものの圧倒的な凄みですね。
 それからこの状況下での彼らの信仰心の揺らぎも読みどころでした。同じく選民思想が宗教は宗教であるのですが、彼らの場合、自分たちが助かると言うよりは、神を信じる事が出来るという意味での選ばれた民と言う感じらしく、それが故の助けてくれない神に対する意義を死地でどう捉えたのか―ここら辺の語り手以外も含むユダヤ人の反応も興味深いものでした。

 戦争が終ってからの一幕もあり、始まる前から、終わった後まで、戦争と言うものの影響力、奪っていくものの悲惨さだけでなく多様さも解る本だと思います。
ほんまにオレはアホやろか

 水木しげるさんの自伝。
あの人の少年時代は別の本で読んだのだけど、その後『ゲゲゲの鬼太郎』が世に出るまでの色々。
 しかしこの人、イライラと怒っている所が中々想像出来ないもんで、文中に『怒鳴った』とか書いてあってもピンとこない。
自分で自分をぼーっとしていて泰然としている風に書いてるから、何かそういう所とは対極に居るような気しかしない。
 それでいて貧乏どころか戦争中のラバウルでも現地人と馴染んで土地までもらえるという不思議な生活能力で、生命力が強すぎる。
 日本に帰ってきてからも極貧生活の中で、良く生き延びてるなぁ、と。(すでに片腕状態。)

 紙芝居絵師から貸本描き、漫画描きと。
描いても描いても給料すらもらえない事もある。
 そして『ハカバキタロー』と言う誰かが紙芝居でやってるのを真似て『墓場の鬼太郎』作ったとか、彼がオリジナルにしてからも他の誰かに盗られた(?)とか
まぁその頃のどさくさとは言え、鬼太郎が空手家だったり、紆余曲折が激しくて驚く。
 ちゃんちゃんこ着せたり、何よりネズミ男を出したり、妖怪ものにした功績が今の『鬼太郎』だから何も言えんが。

 ただ、鬼太郎が売れ出すあたりはすごくさらっとしか書いてない。食うや食わず時代の事がほとんどで、それも御大らしい自伝なのかなぁ、と。
こっちとしてはどういう経緯で売れたのかも知りたいんだけどね。

 さらっと完読。
奴隷船の歴史

 奴隷船の絵って、見た事あるかもしれませんが、あれです。こう、人間が上下互い違いで並べて寝かされて、天井は低いわ寝返りはうてないわのすし詰め状態で『運搬』されている、あの船の内部を描いた図。
 あれ見た時、閉所恐怖症とかに絶対なりそう…とゾーッとしたものですが、他にも何やら想像をはるかに超える実態がありそうなのです。

 まず第一に驚いたのが、実際黒人は奴隷にされていたが、そもそも黒人同士で奴隷を作り(浚い)、他国に黒人奴隷を送り出すのも、同じ黒人が『商品』として売っていたのね。完全ビジネスだったんだ…。
(ぼんやりと傍若無人に白人が攻め込んでいって黒人を捕まえてきたイメージでした。)
 黒人って、部族にたくさん分かれているから、違う部族を戦いで打ち負かしたら、それを自分たちの奴隷として扱い、時に外国に売っていたわけだ。
 なんかそう考えると売った方も売られた方も黒人として一括りにした時、自分たちの習慣のせいで『黒人奴隷』と言うイメージを作っちゃった一端も担ってそうだよなぁ…。
 だってどちらの部族側も戦って負けた方は奴隷にして当たり前と言うスタンスだもの。自分が勝った時は良くて、いざ奴隷にされる側になると…。そりゃ勿論買う側にも問題はあるが、そもそも国内の黒人同士の奴隷文化はどう解消したんだろうね??

 だがしかし、本の中の記録には、『祖国で奴隷をしてる方がマシ』とか『自分の村で何かをやらかして村人から奴隷扱いされる方がマシ』とか言う感想も。
(いや、同村、同じ部族の中でも格付け厳しいのかよ。)
 まぁ確かに、言葉も通じない異国の地での奴隷より、扱いは酷いけど言葉も分かるし、周囲に一応仲間がいる故郷の地での奴隷の方が孤独や疎外感は少なかろうて。
 この小さい頃に売られた少年の話だと、(部族同士で言葉も違うが)『それでもまだ奴隷船の中までは僕の言葉をわかる人が居た』と異国の地での奴隷生活が近づくにつれ、彼がみるみる絶望していく様子が綴られていました。
 そう、この本、ものすごい数の人々の手記のようなものがまとめられていて、いろんないきさつや人生、それは勿論奴隷側然り、船員、船長、奴隷商人側然りの当時の生々しい声がたくさん綴られている本なんです。
 船員側も復路で奴隷の見張り役が必要なくなると契約違えてそこで解雇(てか追い出す)、祖国へも連れ帰らないとか、船長も反乱されて殺されるとか。そして無事に帰っても長旅で体がボロボロ、足の一本や二本、本当に無くなってます。

 もうね、奴隷船の中での黒人の反乱だとか、見せしめの処刑だとか、その後どうなったとか、人間が生きている分だけ人生があるの見本の様な中身。
1テーマでよくこれだけいろんな人間の人生を集めた。
 圧倒される恐怖や戸惑い、憎しみや悲しみ。
資料集めも然る事ながら、臨場感たっぷりに本として書き出した功績は大きいと思います。
 読み応えのある(そして分厚い)一冊です。
怪しい商品を買ってみました

 商品に限らず、体験も含む、かな。
 びびったのは乱交パーティーに参加してみた、とかあるところ。…やってるんだ、てか、参加しようと思って参加出来るんだ…。
 他、中古車を買ったら、とか破産手続きをしてみたら、とか普通…いや、あんまり普通しないような事わんさかだな。そこは面白いんだけど、あんまり『怪しい商品』ってのがなくて残念。
 変わった事してみました本かと。
空へ 悪夢のエヴェレスト1996年5月10日

 ノンフィクションのエベレスト登山隊の話です。言ってしまうと、ただ一人の生き残りが書いた遭難の記録…ですね。ただ唯一の生き残りが報道者枠の一人だったせいか、まぁ見事な分厚い本に。
 そして初っ端から度肝を抜かれる登場人物の多さ…。
(まぁサポートチームや他の登山隊の人たちも出てくるので、これが小説だったらありえないくらいにずらりと名前が書かれている。いきなり覚えるのを放棄しました。)
 これ、話を把握出来るのか?と思いましたが、まぁ視点は著者視点ですので、話の流れは解ります。

 この様に一人だけの生き残り―となると相当暗そうな話かと思ったのですが、本人の悔恨はもちろんあるとして、一方で他の人の事をえらいズバズバと欠点も上げ連ねたり、また後となって失策だった事を指摘してみたり、居ない人の事を推測で書いてみたりがあるので、ちょっともやっとする。
これ自体は著者本人や遺族からの抗議の手紙なんかではっきりと書かれているんだけど、こうして伝聞って残っていくんだなぁ…と。
死人に口なしと言うのがどうも。
 勿論この著者は別に誰を貶めるためでもなく、自分自身も地獄を味わって傷ついて、だからこそ誰よりもこの体験談を語る意義を持った人もでもあるし、高所の酸欠状態、或いは心配して気が気じゃない登場人物ら皆が『正常な状態じゃない』上で判断した言動を記憶で書き留めたところで、誰もが納得する話を語れるわけじゃない。
そもそも事実自体、納得しようがしまいがただあるだけの存在だし。
 忌憚なく書いている部分に、死人に鞭打たない気質の人間は眉を顰めることもあるだろうが、『真相を語る!』的な話ではなく、自らが死の境界線を漂った『記憶』の話としてとれば、往々にしてこんな感じになると思う。
個人の視点は神の視点じゃないもんね…。
 何よりも書く事で自らを癒したいという気持ちが痛ましい。書く事で多くの励ましは得られるが、少なからずの批判と言う更なる痛みも混じるというのに、よくぞ書いたというのが、この人のジャーナリズム魂なのかもしれないね。

 どうしても話の内容はくどかったり解りづらかったりする部分はあるのだけど、当時の混乱と困惑、まだ息をしている仲間を置き去りにせざる得ない苦しみ、極限の人の心理を見せつけられる話でした。