元モンスター描き。 諸々の感想と近況ブログです。   since2005.05.15
月と蟹

 子供が自分たちで作ったオリジナルの神様に祈りを捧げ、その願いが叶い始めると言う、ちょっとホラーチックなあらすじに惹かれ。
 何と言うか、真面目な本でしたね。
その展開も然る事ながら、予想していたオカルト部分に頼る事無く、あくまで現実的に地に足を付けた話。
それでいてミステリー部分も絡んで、読み応えのある作品でした。
 ただ状況はすべて暗いです。

 まずそもそもそのオリジナルの神様は『ヤドカミ様』と言って、ヤドカリを焼き殺して作る神様。(ネーミングが絶妙だな。)
願い事一回に対して一匹だし、そこに行きつくまでにもっと多くのヤドカリが死んでいきます。
子供ならではの虫に対する残虐さが無邪気とは違うトーンでこの話には染みついている。
 主人公は転校組で学校に馴染めず、転校組の特に仲良くもない少年とつるんでいる。
そんな友人は家で虐待をされている疑惑。(て言うか完全クロですが。)
 主人公の父は船の事故を起こし亡くなっている。祖父と母で住んでいるが、祖父は癌に侵され、これがタイトルの『蟹』に繋がっている(キャンサー、って事ね。)
 タイトルは巧いなぁ。蟹と癌をかけて、腹を食い破っていく蟹のイメージとかを影で表現してて、こちらも作品に暗いシミをまとわせてるんだよね。
 で、学校には人気者の女の子がいるんだけど、その子の母親は、かつて主人公の父が事故を起こした船に乗り合わせていて、事故とは言え、母親は殺されたと思っている。―その割に主人公に積極的に話しかけて仲良くなろうとしている。謎。
 謎と言えばオリジナルの神様が願いを叶え始め、それが薄々と友人がやっているんじゃないかと思ったり、嫌がらせの手紙や、母親の隠し事―そんな小さな疑惑が少年の周囲にはたくさんあり、そこがミステリー部分としてうまく働いているのね。
 まぁしかし容赦なく暗い話なんで、主人公の母親と、女の子の父親は隠れて付き合っていると言う当たりが窺い知れてからは、生臭さも加わって、ひたすらに淀んだ圧力みたいなものが加速します。
 そもそも子供たちそれぞれに思惑があって純粋に仲良くしてるわけでもないので、救いがないんだよなぁ。それもすべて周囲の歪みのせいなんだけど、余計に悲しい。

 ラストの辺りは、ヤドカリが焼かれて身悶える様子が、登場人物一人一人のどうしようもなくもがき続ける姿と重なって重なって…。
それでも子供たちは子供たちなりの(結構メーター振り切った)進み方をしていくわけですが、決定的なハッピーエンドでもなく、アンハッピーエンドでもなく…現実はそんなもんと言う終わり方がざらりとした後味を残す作品です。
白いへび眠る島

 三浦しをんの改題本。
割と初期…の作品なのかな?彼女らしさの片鱗は見えるものの、他の作品と比べて全体的な印象にもう一歩だけパンチが欲しかった。何がどうと言う悪い所はないんだけど、こじんまりした感じ。
 勿論ストーリーも惹かれる設定だったし、十分過ぎる程ファンタジーで…って、あ、これか。
 今までこの人の作品は、リアル世界の話ばかり読んでたから、オカルトやファンタジーが入ってきた時の『半端なオチ許すまじ』の審査がきつかったのかもしれん。
 きちんとそれと分かるようにして終わらせているファンタジーで、かつ書下ろしの追加章で、完全にファンタジーを公言して完結させてるけど、恐らくこの人のファンタジーと言う飛び道具無しに現実を処理して行く力強さや機智に惚れこんでいたが故、今回もリアルな方向での解決を見たかったんだろうな、私。

 しかし島にまつわるオカルティックな設定は、この人じゃなければものすごく怪奇、ホラーとしか思えません。(何だろう、常に地に足付いた感じしかしない彼女のキャラたちは。)
 島で生まれた長男たちは、歳近く生まれたもの同士で仮初の兄弟と言う縁を繋ぐ。これを持念兄弟と言って、その絆は片方が墓に入るまで続く。
持念兄弟は互いを助け合い、共に一組の石のペンダントを持つ。
 もうここら辺で、怖いもんね。
双子屋かよ、テレパシーでもあるのかよ。(と言う疑問を調べに来ている民俗学的な大学生と言うお決まりのキャラも居る。)
 島には白蛇と娘が結婚して血を繋いだ神主一族がおり、彼らの背中には鱗が付いている特別な存在。
そして島には謎の『あれ』と呼ばれる様な化け物がおり…―。

 島の大祭が間近に迫ったとある日、主人公はこの島に帰ってきます。
ここからどんなオカルトな話が…と思うのですが、ファンタジーとは言え、基本的にはきちんと(?)人間を描く方向で話は進み、安易に不思議に逃げている話ではありません。
普通に面白いし。
 ただ、三浦しをん作品だと言われると、その中では下の方かなぁ…と。
 もうこの人に関してはどんどんハードル上げてっちゃうな。期待度が高すぎて。
ラメルノエリキサ

 なんとなく若い女性が書いたっぽい感じの、青くて苦しくて、重いモヤモヤが詰まっていて、それでいて深くはない、上滑りがちな苦悩に溢れたお話。
これでいて貶してません。
だって、自分の昔の感性と凄く一致するもの。
 だから作者が実際に若手の女性で嬉しかった。

 まず、主人公設定が良い。
通り魔に刺された女子高生が、通り魔に復讐する話。いいな…この『コノウラミハラサデオクベキカ』感。
 復讐は自分がすっきりするためにあり、憎しみの連鎖とか、綺麗事なんて知るかと言う潔さ。いいですよ、いい。
通り魔を逆に追いかけるなんて、怖さよりも復讐心が先立つほどの熱いパトス。自分の行いに迷いがない、また、失う物の重さも計りきれていないこの感じ。
 そんな若さに、色んな鬱屈した物が絡んでくる。
完璧なママ、ママのお気に入りの姉、ふざけた浮気をした元カレ、下らない女友達―。
 この子は、他者を絶対に悪口入りで説明するんだけど、本当はそれを見て取れちゃう私スゲーとか、そう言う所も含めて周囲の人間の何かが羨ましかったりとか、10代のキレイとキタナイが実に過不足なく良いバランスで描かれてるのが心地よいんだよね。
それでいて、醒めてるだけじゃなく、危なくなったらやっぱり怖くなったりとかもしちゃう。
 特に同じく若い女子の姿としての姉があるんだけど、彼女の妹に対する禁句や、ラストの『死体埋めようぜ』行動なんか、サラッとしすぎてて、そこに作者自身の若い頃のバランス感覚が投影されてるようで、痛いんだ。もう、登場人物も、作者も、読んでる自分も、痛い。
こういう痛さが、青春小説でなく、血なまぐさいとも言えるお話の中でぶちまけられるのがちょっと新鮮でした。

 ストーリー自体は割とサクサク進んで、最初の『ラメルノエリキサ』と言う単語自体が謎についてが一番盛り上がる。
このタイトル、上手いよねぇ。『ラメルノエリキサって何?』ってんで手に取ったもの。
 作中で主人公が同じくこの言葉の謎を追う所から始めるのも、上手い導入だと思う。
でもまさか、自分も知っているあれだとは…思いつかないもんだねぇ。
 それが解ってからは正直展開が陳腐だったり、またミスリードも蛇足な部分が見えたりする等良し悪しで言ったら欠点の方が多そうな作品なんだけど…。
好きか嫌いかで言ったら、大手振って好きとかでなく、気になって最後まで距離を保って見ちゃう作品と言うべきか。
やはりこの主人公の感性が一番惹かれる原因かなぁ。
 ラスト、復讐を果たすか果たさないかの結末は、ああした主人公の行動に、何の疑問もなく腑に落ち、付いていけたし。そうだよなぁ、こうなるよなぁ、と。
 この子は、成長後が楽しみな感じで、この話だと続きようがないんだけど、続編やら将来やら、あれば読んでみたくなるわ。人的に(とんでもない子なのに)目を掛けたくなっちゃうキャラクター性が読み所。
風が強く吹いている

 え、やだ、面白い。(予想通り)
耳に残るし実際有名どころだし、三浦しをんだし。
外れがないとは思っていたけど本当、面白いわ。
 これもまた私が全く興味のない駅伝の話。
 陸上に曰くある主人公が、同じくかつて陸上をしていた男に拾われ、ボロ長屋に住まうのだけど、長屋住人全員巻き込んで、男は駅伝に出ようと言い出す―。
 この二人以外は完全素人で、そこからの引っ張り具合やトレーニング、なんともじわじわと走りの魅力が浸透して行くのが、素人たちを鍛え上げその気にさせていく過程で読者をも連れて行くのです。
 三浦しをんは未知の世界をこうも魅力的に書ける才能が凄いよね。
そのジャンルの面白い所や、細かい所を、これでもかと上手く見せる。

 さて、駅伝ですが。マラソンと違うのですって。…すいません、違いが判りません。
主人公の青年の、かつてのケンカ別れした陸上部の仲間たち(ハイキューみたいだったわ)、お前の走りが必要だと言いながらも、決して無理な走りや速さだけを求めない謎がありそうな男。(陸上経験者で故障で…と言う感じだね。)
 他の8人もまぁ個性的で、留年しまくりの先輩や、そっくりの双子、足が速くない黒人だとか、漫画オタク―。
走りそうにないのに、これが行けるんだねぇ。山道登校していた者には坂道の区間を、周囲をものともしない我が道を行くオタクには一番周囲に飲み込まれやすい区間を―とか。
 ちらっと出ている、スポーツのために呼ばれている黒人留学生とは違う、単なる勉強で来ている留学生なのに、黒人と言うだけで速くて当たり前、反則みたいなずるい存在と言う扱いを受ける件は、成程なぁと思った。
強いものをわざわざ集めて―ってちょっと反感買う部分があるシステムだけど、それですらないのに黒人と言うだけの『強くて当たり前』と言う逆差別、偏見もあるのだなぁ、と。
 これにちょっとした恋愛模様も絡めつつ(こっちはヒロインに対してどうして恋愛感情持つのかもやっとした展開なんだけど)、箱根を、頂上を目指して物語は疾走します。

 いや、スポ根物にしては地味なんだけど、地味が故の内省的な戦いが見所のお話です。
良本。
13階段

 『幽霊人命救助隊』の人の。また…転じてきたな。

 致死傷害を起こし、2年の刑をくらった青年。彼が出所すると、そこへ刑務官がやってきて、「とある人物の冤罪を晴らすのに協力してほしい」と―。
何とも気になる出だしです。
 前科者の自分を使う理由も、刑務官の彼が何故冤罪を信じ一人の男を助けようとするのかも、謎。
どちらかと言うと主人公はこの刑務官の方かな。
 この話に出てくる人間は、皆何かしら『刑』に関係する人たちばかりです。
刑を受けた者、冤罪を受けている者、刑を執行する者、刑を終えたものを支援する者、裁判に関わる者、被害者加害者、その家族も。
 まぁね、色々な人物が自らの立ち位置で刑を語るのですが、どれも重く、どれも対立する意見ではあるが、真実味がある。
 刑務官の主人公は、犯罪者を矯正する事に希望を抱いていたが、長い刑務官人生の中で、それでものうのうと生きている犯罪者を見て被害者の悔しさを思い怒りに駆られたり、また束の間、死刑囚の死に恐怖する姿を憐れんだり…とゆらゆらと心を揺らします。一人の人間ですら、刑務官としての職務を持つ人間ですら、日々心を千々に乱れさせているのです。死刑囚に刑を執行した数も、人殺しにカウントして自分の胸に刻みつけながら、彼は現在進行形で悩み続けています。
それと同じくらい、他の登場人物たちも千差万別の考えを持っています。
 作者さんは相当この世界について詳しく調べたようで、テーマがとにかくぶれない。『刑』とはなんであるかを全編通して語り掛けてきます。
単なる犯罪小説を読んでる片手間でなく、むしろこれがメインテーマで、事件の方がおまけに思えるほどです。

 さて、だからと言ってお話の方がおざなりにはなっていません。
 まず冒頭の青年は傷害致死と言っても、こんなの、どう考えても被害者の方が問題あるだろうと思える状況です。
なのに2年の受刑者生活で一種洗脳の様な物かしら、罪を背負って…とか真面目に考え込んでいます。いきなり酒場で目が合って因縁を付けられて、自己防衛のためにもみ合ってたら相手の打ちどころが悪くて―だなんて、青年にしてみれば交通事故仕掛けられたようなもんなんですけど。不可抗力だよ。
 酒場のマスターや客も、前振りもなしに絡んで来たのはむこう、と証言してくれているにも拘らず、罪状が付いちゃってます。(まぁだからこそ人を殺しても2年で済んでるんですが…。)
 でも言葉だけで見ると確かにケンカの末に殺してしまった、みたいに取られるもんなんでしょうね。小説なら状況も本心も見えるけど、現実世界じゃますます…。
 まぁ仕方ないとは言えすっきりしないのは、青年の弟は兄を疫病神扱いするし、被害者の父親は人殺し、許せないといきり立ってる所。
いやいやいや、この状況知ってなお、兄に同情しないの?自分のところの息子の非が発端だろうが??
確かに自分目線で言えば、家族が殺人を犯して、自分の生活がめちゃくちゃになったり、自分にとっては可愛い息子の命を奪われたとかなれば、こうもなるんだろうけどさ。
 その分他の人たちは優しく、協力的でした。
出所後の生活を見守る保護司だとか、弁護士だとか。
 とにかく半ばやるせなさを昇華したいの半分、賠償金のためにお給料欲しさ半分、謎のまま、刑務官が持ってきた仕事にのる青年。
 ここからお話は私立探偵の如く、でも地道な調査が始まるのですが、謎が多い故に、あっという間に引き込まれて行きます。
薄くはない本なのですが、頁を手繰る手は止まらない。
 少しづつ答えの断片が出てくるのですが、まだ繋がらないもどかしさ。
その折々で触れる、他者との感情のぶつけ合い―。

 ラスト近くに謎が解けて行く辺りは、手に汗握る感でした。
ちょっとしたどんでん返し前のミスリードなんて、この理由でも十分面白い結末になる感じで、この考えを導き出した主人公の性格が滲み出ていると思います。
まぁ、真実はちょっと…胸糞悪いんですけどね。
 悪者は成敗されていますが、自らの正義を行った者も、泥にまみれて地に堕ちて―犯罪って言うのは、両者地獄にしか送らないもので、刑で浮かばれるものなんて、お釣りにもならないんだなと空しくなりました。
 だからと言って刑に意味がないと言う意味じゃないんですよ。時は戻らないからこそ、犯罪自体を潰えさせねばと。

 単なる犯罪小説ではなく、よくよく考えさせる作品でした。