元モンスター描き。 諸々の感想と近況ブログです。   since2005.05.15
神々のトリック Hot・nonfiction

 大槻教授と言えば何でもかんでもプラズマと言うイメージ。
オカルト否定派と言う立場は好きなのだけど…と、この本を読んでみたらまたイメージが変わりました。
あ、この人こんなに宗教を勉強してる人なんだぁ、と。
 そしてその上で各種奇跡をこれは違う、あれはあり得ないと斬り捨てる。
あはは、面白いなこれ。
 その上で宗教の簡単なあらましやエピソードも聞けるという一挙両得感のある本です。仏教の話が面白かったかな。

 この人の話はTVで編集されたり、感情的に議論したりするわけでなければ、一科学者として真っ当な事を言ってるだけなんだよね。
目の前にある事柄に、有り得ない状況を外して、何をどうすればこういう状態になるのかを理論破綻がないように推測する。
そこに神の力云々を差し挟まない。
魂が情報だとするならば…と言う話も、オカルトを頭から否定するのとはまた違う切り口で共感しやすい話だった。
…なんでこんなに『プラズマの人』とされているのか、TVの力って恐ろしいな。

 その問題的のオカルト側の問題も、解く時の色んなジャンルの解き明かし方も、幅広い知識だなぁと素直に感心します。
―て言うか、例えば聖書の中身を全部事実!と前提に話さなければならんのだろうか。最初から神話なんぞ全てフィクションと決めつける事も出来るだろうに、きちんとそれに乗った上で反論する教授が律儀かつ職人肌だなぁと思いました。
 なお中の1エピソードの、因幡の白兎の海水と日光浴が実はそれはそれで理に適っている話は面白かった。
仰天!オカルト業界編集日記 まほろば計画

 小説なのか、いまいちタイトルで判断出来なかったけど、成程ね、実在のオカルト雑誌を編集していた著者が出会った奇妙でおかしな人たちを紹介した本。
これが意外に笑えて良かった。
 シチュエーションとしては編集部に色んな『自分には不思議な力が』『与えられた使命が』『作家の誰々さんと私は会うべき』とかの困ったちゃんが訪れるわけですが、そうか…あるだろう話だと思ったけど、そんなに多いのか!(そこが仰天だわ。)
 もう読んでいてニヤニヤしちゃうくらいの自信満々で自分語りをする来訪者たち、それを脳内どころか実際に口に出してツッコミ否定し、帰れ帰れと追っ払う編集部の人々。
爽快。

 でももう突っ込む必要もないだろうと言うくらいの与太話なんですが、それを敢えて突っ込むのも技術が居ると言うか精神力が要るんだなぁとしみじみ思いました。
 『前の車のナンバーが自分の誕生日だったんです。これは神が私に使命を気付かせるためのメッセージで…』に始まり、『神様に選ばれたんですけど教祖になるにはどうしたらいいですか?』とか『彼は絶対私の事が好きなはず!気付かせてあげたいんです』(←なおこの相手は既婚者ですが)とか、電波な話のオンパレード。
…どう突っ込めば相手に『おかしい』と気づかせられるのやら。
 特にある意味有名な『光の戦士』系の話は爆笑ものでした。
前世で一緒に戦った仲間を探して下さい少女達がもう大量に湧いたと言うのが恐ろしくも笑える。
 しかし中でも個人的にツボだったのが、オーラが見えると言う人が来た時の編集部側の第一声。
『オーラが見えるんですね、ありますよね、そういう人たくさんいますからね。編集部内にも何人か見える人いますし』の先制攻撃。来訪者一気に落胆と言う。
的確過ぎていいツッコミですねぇ。

 しかし時々、この人常識ある反面オーラはあるとか神秘はあるとか言う根本的な部分で信じているものもあって、読んでいてこちらの狂気や常識のラインが揺さぶられます。
 それともこれが皮肉と言うか仕掛けられたユーモアなのか?いやぁ、まぁ全否定かそうじゃないかの差はあれども、こんな気楽な読書で『人の信じるものの違い』のラインについてだとか、確信に至る不可能さとかに思いを馳せちゃったよ。
 ノストラダムス前の話みたいだから、独特のカオス感があります。
お稲荷さんと霊能者 伏見稲荷の謎を解く

 そういう宗教文化的な解説本かと思ったら、なんとノンフィクションのとある霊能者が当たるんですオカルト本だった。
や、まぁ狂信的な感じでなく淡々と書いてるのは意外と良かったんだけど…。(何せ筆者も信じない側から始まってるから。)

 何でもないおばさん(実際は老女)が占いなのか何なのかめちゃくちゃ当たる。で、筆者がとある悩みで相談へ行くと、『神様がそう仰ってる』と言われ、驚いた、と。
 この驚いたは『凄い!』じゃなくて『え、この人占いの技術があるんじゃなくて宗教の話だったの?!』と言う驚きです。
…筆者的に神様はまだ信じられなくても、占いなら信憑性とか、科学的な信頼でもあったのかしら?畑は同じだと思うんだが。
 この本はその伏見大社関係するとある一人の霊能力を持った老女のお話です。
著者の方は始終素直で、この本も最初はその老女に『書け』(それまで文章なんて書いた事がないのに)と言われ、渋々書く羽目になったと言う。
 それもだからと言って自分から本に載せる自分を語るような事もせず、取材と言っても一方的に神様の話、あるいは自分が御祈祷や修行している所に連れて行くだけで、特に語らない。
で、『神様が解ったら書け』的な塩梅。(なのでこの本は数年がかりの様です。)
 その上でも筆者が素直だなぁと思うのは『いや、相変わらず解りませんよ?!』で出しちゃってる所。
 何せ中身も『もうまとめるのとか無理、ただこの人との出会いや聞いた事を自分の時系列で書くわ!』となっています。
 こういう狂信的な部分が無いので生活の延長線上にあるような話なんだけど、そりゃ伏見稲荷は限りなく民間信仰だし、拝み屋さんや神懸かりの巫女さんとか、その手の者も常に人々の生活に近かったんだろうな。
だけども、著者は話半ばですでにこの人の霊力を信じ、よく解らないなりに多分こうだろうと言う霊や神の世界を受け入れられるようになっている。
 うーん、まぁ野暮な話だけど、信じる信じないの話は自分の経験か他人の経験かですでにハードルの開きがあるし、人的に選び取られたエピソードや、思い込みによる記憶等、懐疑的にはなります。

 とは言え、彼女の御神託は確かに誰かの役に立ち、そこに人が集まり、また彼女自身が金の亡者でなく厳しい修行もしていると言う点で、嫌な感じはしませんし、救いがあれば方法は何でもいいじゃないと言う気にもなります。
 …まぁ、彼女、相当きつい性格のようで、著者や信者を叱る時はめちゃくちゃ怖いし、そもそも怒りっぽいエピソードが多い。
それらから感じるのは、人を救う気持ちにおいては本物だけど、決して人格が優れているとは言い難く…。
 人の心を読んでいきなり怒鳴るに始まり、『行くなと忠告しているのに行こうとするから(神様に)怪我をさせて止めた』とか『何回言っても酒をやめないならもう死んでしまえ!』と言ったら本当に死んじゃったとか。(ぇ)
 半信半疑と言うか、神様の存在よりもこの老女の器を頼るべきか頼らざるべきかが始終悩ましい本でもありました。

 著者の解釈についてはオカルト的一般な物で落ち着くので真新しい所はないものの、『神様は細かい所まで説明して手を貸すわけでなく、言いたい助言だけして帰る。それで本人の与り知らぬところで力を貸してくれる』とかのあたりは妙に納得したなぁ。
稲荷に限らず、不可解な存在ってよく解らん言葉とか、残しそうじゃない。人間に理解出来るような説明をするとか、気遣いはなさそう。そこら辺、感覚が違う感じがして寄り『らしい』よねぇ。
 これが作り物だと、人間が人間相手に喋ってるみたいな『人間とは違う理で行動している存在』っぽさ無しに進みそうだよね。
 ただひとつ解せなかったのは、肉体を極限まで虐める修行をすると、体力がギリギリ削られるのと反比例して、霊的な能力が上がると言う話。
それは良いとして、最後の方、彼女が本当に老いて体力も無くなっていく時、『霊力は体力と共に落ちるんだと解った』となっていて、ん?何かが減ればそれを補うように霊的スキルは上がるんじゃないの??
ここら辺もう少し辻褄が欲しい所。

 しかし彼女のような在野の神懸かり的存在のお話って、なかなか外に出ないから、興味深くは読めました。
TVに出るような霊能者の話はなんかもうエンタティメントだもんねぇ。
 あと稲荷は怖いと言うイメージの、意味合いが少し解った。
 謎…は何なのかは解らないけど、なかなか読めた一冊です。
恐怖の偶然の一致 あの事件・事故に隠された恐怖の偶然の一致

 見て下さい、このカストリ雑誌を思わせるタイトル。これは頭を休めるには最適と迷わずチョイス。

 大体有名どころの事件の奇妙な数字の一致とか、決して結論は出ないこじつけオカルトですが、一人の人間が何度も同じ目に会うシリーズは面白かった。
…七回も落雷に会うとか、同じ4人で車とバイクで再び交通事故るとか。
(勿論実在の人物として真実であれば、ですがまぁそこまで疑うとあれなので。)
 双子とかシンクロ系の話はあまり乗れない。
あ、でもタイトルに『偶然』って入ってるんだけど、そこは認めちゃうんだと言うこの本の立ち位置も面白いな。

 何のかんの言ってますけど、好きなんだなぁ、私も。
ちなみにこれ読んでる時に「そういうの信じ―」と話しかけられ即答で「―てない!」と答えたら爆笑されました。
て言うか、その質問って地雷じゃないの?
これ、「信じてる!」とかでめっちゃ食いつかれたら面倒臭い案件だと思うんだが…。
 それともそう聞いてくる人間自体がその手の話が好きか、最初から『信じてなさそう』に見えるからふってくるのか?

 やぁ、でも信じてなかろうがこの手の話は興味津々です。お化け屋敷だって怖いもんね。
あっという間に読めちゃう文庫本。
中欧怪奇紀行

 田中芳樹さん、こんなの書いてるんだぁ…と、作品を追うのはしんどいけどこういうやつなら、とチョイス。

 読んでみると二人本なのね。
人気小説家二人で行く(と言うか語る)中欧のモンスターたちのお話。
あー、ドラキュラだったらトランシルバニアとかか。
 とは言え、他に明確にこのモンスターはこの国出身です…ってもんなんだろうか?
と思っていたら成程、フランケンシュタインならメアリー・シェリーとか、作家基準もあるか。

 3大モンスターであと狼男から話は始まるんですが、この狼男が他の二つと比べてまぁ扱いが可哀想と言うか…。
あれ、考えてみたら確かに狼男って作家どうのじゃなくて、民間伝承だの各地に散らばる動物に変身しちゃう『○○人間』の一種類でしかないか。
 おかげで決まったイメージ像と言うのが無く、お二人はやはりイメージ根源は映画かなと語られていましたが、私が思い浮かべたのはその定番映画ではなく『狼男アメリカン』でした…。
 いや、仕方ないじゃん、幼き頃のモンスターの洗礼はドラキュラ、フランケンシュタイン、半魚人、ゾンビ辺りまでは正統派映画で見せられた記憶はあるけど、狼男だけアメリカンだったんだよね…。(なお寝る前の読み聞かせ本はブラム・ストーカー版『ドラキュラ』と『吸血鬼カーミラ』、『日本の昔の怖い話』だったわけで、母親の情操教育のたまもので今ホラー好きなんだなと思うと、三つ子の魂が怖すぎる。)
 まぁ狼男は月観て狼に変身と言う能力的にもそれどうなの、扱いで3大に数えられる割には「それ、ドラキュラも狼になれますよね。それどころか月無しだし蝙蝠にも霧にも」と言われています。確かに。
全ては『怪物くん』のせいで3大扱い―。(注釈にも載っていて笑った。)

 話は横道に逸れるけど、じゃあ遜色ない3大ってどんなもんなんだろうね?
半魚人はもっと目的も意志も分からないし、透明人間は映画で明確に狭義すぎ。ゾンビは複数系だし、デュラハンは広義で幽霊だよな。難しい。
 まぁ日本も妖怪なんかで言うと3代にぬらりひょんとか入ってきて、なんであいつが総大将扱いになってるのか、これも鬼太郎のせいかと思うと本当にアニメって…。
 やはり三つ子の魂は偉大です。

と言うまぁタイトルの割には非常にライトかつモンスター愛に溢れた一冊。対談形式なのでさくさく読めました。