元モンスター描き。 諸々の感想と近況ブログです。   since2005.05.15
知ってるようで知らない日本人の謎20 

 そそられるタイトルでしたが、思ったよりは学術的で、思ったよりは雑学本でもなかった。
何というか中途半端かなぁ…。
 多分、専門的にやったやつを分かり易くまとめてくれた結果の立ち位置だと思うんですけど。
確かに読み易くしてくれてる所には感謝。
 まぁ取り上げる話題に脈絡が無く、まとまりが感じられないとか、そこら辺で雑学本っぽい匂いを感じてしまうのか。
 鯉のぼりだとか、田植えとか、ある程度知っている事も載っていたんですが、同じ結論にしてもそれをあれだけの量で語れる知識量と、他の何かで読んだ際の一言コラムの様な端的な知識と、その差がありすぎて、かと言ってそこに日本人の根源なようなものを何か感じるかと言われればどうも微妙なもんで、そこら辺のバランスが難しかった一冊。
 上がる、入るの自分が使う言葉としての違和感とか境界の話、世代差もあるのか、『日本人ならこうでしょう!』と言うラインに共感しきれなかった点もあり、まぁ流し読みになりました。
 タイトルからは日本人のルーツ本かと思ってけど…違ったわ。
パラノイア創造史

 世の中の古今東西、奇人を紹介する本。ジャンルに迷った結果、ノンフィクションだとは思うのだけどむしろ思想的かなぁ…なんてカテゴリーに。
 曖昧模糊は本のすべてに至って、目次に出て来る見出しは面白いんだけど、中身としてははっきりしないと言うか、微妙な感じが多いかなぁ。何といっても扱う人物の生き様自体奇妙過ぎて掴み所がないから。
目次はこう。

序「パラノイア創造史」の創造史
1 悪魔の肖像を描いた画家―クリストフ・イツマン
2 妖精に憑かれた家系―チャールズ・オルタモント・ドイル
3 永久運動機関の発明家―ウィリアム・マーチン
4 地球を割ろうとした男―ニコラ・テスラ
5 驚異の心霊的発掘家―フレデリック・ブライ・ボンド
6 異端派転生を信じた医者―アーサー・ガーダム
7 フロイトと交感した患者―狼男
8 二つの人格を往復した男―エンゼル・ブーン
9 太古の記憶を幻視した詩人―AE
10 偉大なる記憶力の持ち主―“シィー”あるいはエス・ヴェー・シェレシェフスキー
11 新文字を発明した人びと―鶴岡誠一and/or島田文五郎
12 幻覚幻聴体験と電気感覚―電気屋
13 奇妙な家を建てようとした男―赤木城吉
14 架空のパラノイア患者の転生―桜姫
付録「パラノイア創造史」類似行為者目録抄

 まぁそれがパラノイアって言う括りだから共通するものに差異が無くて一人一人が目立たないのかも。患者系の会話録はもはやちょっとしたホラーとも言えるし、冒頭のカテゴリー分けからしてその度にこの本の位置付けが自分の中ではっきりしない。言い得て『奇妙』。(本来本にジャンルも有るような無いような…なのかもしれませんが、物事を咀嚼して記憶や心のどこに置くかって、『座り』みたいなものがあると思いません?もやっと不思議な印象の本だ。)
タイトルに偽り無しという事か。 
 唯一はっきりとした確信で受け取れたのは、『ドグラマグラ』について語られていた部分で、『ブウーン』の辺りとか、凄く納得した。
それにしても荒俣氏は本当に博識だ。この人の難解書の解説本なんてあるのなら読んでみたくなったよ。明快に整理してくれそう。
横道な感想でした。
捏造される歴史

 古今東西の歴史に隠された捏造―とは言え、翻訳物なのでちょっとあちらさんの文化圏もので、感覚で解るものは少なかった。
アトランティスとか、アメリカ大陸、各宗教とか絡み出すとなかなか頭でしかなぞれないな。
 しかし本当、その歴史その単語の初出はいつ?と追いかけると、尾ひれの付きまくってる事…。突き詰めれば言ったもん勝ち、歴史は勝者の、生きた人間の好きなように書き換えられるって事が解る。
 古代文明とか、夢があるだので信じる派は多いけど、面白ければそれでいいって言うのはある意味それこそ想像力の欠如になると思うんだけどな…。
真実を見つけ出す事の方にも浪漫はあるだろうに。
 またアトランティス系はどうしてもオカルト方面にも引っ張りだこなので、余計に有象無象が生じるんだろうね。
オカルト絡みでない案件とて、人の欲望が絡み出すと情報なんてすっちゃかめっちゃか。
結局は人間の欲望の痕跡が今の歴史書だと思うと溜め息が出ます。
 まぁ今日起こった事件でさえ感じ方一つ、捉え方一つなので、遥か過去に起こった事件の真実、こういうのがバシッと解る日が来るのかなぁ…。人の心の中は解らないだろうけど、事実だけは科学捜査とかでね。
しみじみアカシックレコードを見たいもんだ。(あれも捏造歴史の一つだそうです。)
イギリスの学校生活 娘のハイスクール体験

 発行年からすると古い話なので決して今のイギリスではないのだけど、軽く読み物として。
 父親の海外赴任に家族全員で移住、学生だった娘のてんやわんやのお話、と言う所です。
まぁ父親の方が語っているので、手続きや日本との学校の兼ね合い、卒業資格とか色々帳尻合わせる苦労話が大変そうでした。
入学月も違うし、学年をずらして対応しなきゃとか、どうしてもね。
 英語力の事は始終付きまとうのですが、教育の中身も相当違うようで、みんなで同じ事を学ぶと言うよりは自分のレベルに合った教室へ各自散っていくような授業スタイルの様です。
だから一科目にレベル別の先生が大勢いる、と。
 理にはかなってるけど、贅沢なシステムだなぁ…。
 あとそもそも統一学習容量が無いので、学校によってやらせる内容がすべて違う。
著者は絶賛していましたが、いろいろ大変じゃないのかな、これ。
 画一的な試験で子供の能力は測れない、とか言いますが、同じテストで公平かつ出来を数字で明確にする事、これはこれで攻められる謂れはない気がする。そりゃテストの勉強が身に付いてるかは個々の問題だけど。
 イギリスはここら辺、歴史だと何年に何があった、でなくどのような流れでこういう事が起こった、と言う因果を理解し、それに対して自分の意見を持つ事が重要視されている。それは詰め込み型の学習よりもはるかに意味がありそうと言うのは解るけどね。

 しかし驚いたのは国で必須とされているのは『宗教教育』のみで他は何も必須でないと言う事。数学も社会も理科もやろうがやるまいが、学校の自由。
これ、学校教育を受けたすべての人間に共通の知識が『宗教』以外になく、これは知ってて当然、出来て当然と言う前提が全くないに等しいよね?
 やはりある意味不便…。義務教育レベルの土台が合って交わされるお約束が通じないわけだし、日本的に言うと集団生活でスムーズな流れが期待出来ないなぁ。
代わりに得意な事は凄く得意と言う能力は育ちそうだけど。
 まぁ、どっちがいいとは言わない。
単純にそれぞれの社会に合った教育システムってだけなんだと思います。だから深く考えずイギリスの教育は良いから日本でも組み入れろ、とか学校内部だけの話で判断するとおかしな事になっちゃうと個人的には思います…。

 しかし学校で宗教を習わせるんだというのはカルチャーショックですね。
あちらの文化はキリスト教ありきの文化と言う点では、確かに皆が持っている学ではあるようですが、これは歴史や背景を習うのか、はたまた神の存在まで論じちゃうのか…ちょっと構えてしまいました。
 日本人がお寺で説法聞くのとはまた違うのかね。仏典なんか触れた事もないし、習わされたとしたら…せめて好きな神を選択したい所です。(無神論用の学問があっても面白そう。)
 教育の自由や個々を重んじると言いつつ、宗教は有無を言わさないって、何なんだろうな…。
横道に逸れた感想を持ってしまいました。

 何にせよ娘さんが体験したイギリスでの学校生活は、確かに有意義なものであったようで、英語と言う壁はあったものの、学習のひとつひとつに意義があり、教師は誇りにかけて生徒を教え、素晴らしい時間を過ごした事が解る本です。
 それとは別に、改めて横道ですが、今の時代の海外の学生の生活を知りたいな、と言うのと、ちょっと海外での宗教教育に興味を持ったと言う感想も。
 あと、自分の英語能力のなさに少し虚しさを覚えてみたり。
うん、数年の授業の意味は…。
家族幻想 「ひきこもり」から問う

 引きこもり要素は自分も二つの点で持ち合わせていると思う。
体調不良なんかでベッドの中で過ごしている時期、全然苦にも思わず冬眠ライフをこなしていた事。
もう一つが、ある日いきなり、儘ならず外へ出られなくなる。そんなビジョンが割と鮮明に思い浮かべる事が出来るくらいには心の中の危うさが自覚出来ている事。

 引きこもりではまず『外に出たくても出れない』、自分で行動をコントロール出来ないと言う点が何よりも問題になってきます。(となると出ようと思えば出れる人が引き籠もるのは単にインドア派と言う事なんだろうか?外との接点を欲しないと言うか。)
この本に出てくるのは別に開き直って、或いは好きで引き籠もっているわけでなく、社会に出たい、あるいは出なくてはと望む人たちの話です。
 解るなぁ…。外との関わりが煩わしく逃げたいと思う反面、離れすぎても不安になる。望む距離感の二反律が同時に自分の中にあって、身動き取れなくなる感じ。
そして現実問題としての生活資金の問題からも逃れられません。

 筆者が長年取材を続けている人たちは、読んでいると苦しくなるくらいに、真面目で、融通が利かず、常識や社会の枠に囚われている人たちです。社会との接点に対する希求も持ち合わせ―いや、恐らくこれがむしろ平均以上に強いため、ギャップに苦しんでいるように思えます。怒りも毒も、求めるが故に比例して噴出し、発散、表現出来る方法自体も絞られてくる。(とある医者は『出来る事が少なくなっていく病』と評します。)
それと同時に、引き籠もっている自分を誰よりも恥ずかしいと思っているのが自分、と言う人たちです。
 自分が許せない。これもある意味プライドの話なんでしょうが、自分自身の期待を裏切る自分、或いは他者に迷惑をかける申し訳なさ。引きこもりの人は多かれ少なかれ、この思いも抱えていると思います。
 ある意味人はどこかで鈍感にならなきゃ流せないものってあると思う。

 筆者の分析が深く、かつ個人的な思い入れがあるようで、時に上滑りや場合によっては芝居がかって聞こえる時もあるのだけど、それだけ取材対象に本気で付き合ってきたんだと解ります。
 こういう良いも悪いも、近くも遠くも、バランスの取れてない意見こそ、生々しい現場感があるんだよね。ルポライターとしてはいただけないんだろうけど、真剣さは伝わってくる。
それでも分かり合えずに取材相手とトラブルになったり、その流れも含めて、『ひきこもり』を分析しようとしている姿勢はこの本の中の全編に渡っていると思う。
 ただ単純にこの本の中に出てくる各個人の事だと、普通に性格的にどうよ…とかその考え方は…と文句も出て来ますし、全面的養護が出来るかと言われれば出来ません。明日は我が身と言う問題であっても、いや、だからこそなのか、前述の様に『自分を責める自分』と言う枠がある以上、叱咤の思いは必ず出て来るでしょう。そう思われる事の苦しさを理解しつつも、簡単に容認出来ないのです。
 カウンセラーは理解をしても共感してはいけないと言う話を思い出しました。私は同じ所で溺れる側の人間だわ。
まさしく同一に陥りながら『考えさせられる本』です。(なお『どうすれば問題が解消されるか』を著者が訪ねて回った時、それは難しい、となったのが推して知るべし。)
 
 他、親側の話、或いは親がいなくなったら、女性の引き籠もり等テーマ別に章が続きます。
個人的に割と躓く種はそこら辺に転がっていると思う、怖い問題だと思います。