元モンスター描き。 諸々の感想と近況ブログです。   since2005.05.15
じつは、わたくしこういうものです

 月光を売る商人や、冷水塔を守る双子―そんなファンタジーな職業にまつわる本。
紹介文だけじゃよく解らなかったので、短編集かと思っていました。
 しかしこれ、実は写真集(とコラム)。
何が面白いって、写真は実在の人間と、その人が仕事で使う道具などを撮る。そしてコラムはその人が自分の職業についてインタビューに答える形式。
 へぇ…。作者、誰?(もしくは写真集としての写真家は?)と思いきや、なんぞ制作会社としての本なのね。
 それでも少人数で作ってると思う。文体が一律似ているのと、写真に写る小道具が、作ってる人同じと思わせるテイストで溢れてるし。
 それにしても綺麗なエピソードや奇想天外な職業が多くて、また写真と言うのが良かったわ。人だけじゃなく仕事道具が3次元として存在しているのもグッとくる。
時間管理人の鍵の話がすごく共感出来たし、バリトンカフェには行ってみたい。(入る資格ないけど。)
 巻末にそれらを演じた人の正体がずらっと書かれていて、やっぱり作り手の知り合い繋がりばかりで、芸能人とかモデルを使わないからこそこの味とリアリティが出来ていると思う。(ファンタジーに実像が結ばれてる感じ。)
  面白い本だと思います。
ドールハウス大図鑑

 ビジュアル図鑑だな。
 何故か最初にこの本の作り手は初老の日本人男性と思っていたが、初老の外国人女性でした。翻訳と言えども何故ドールハウスに男性をイメージしたのやら?多分、コレクター的要素を嗅ぎ取ったんだろうな。
この本、ドールハウスを愛するあまりに行きついた感じがするもの。
 しかし著者は先にドールハウスの歴史を調べるのが趣味で、あとからドールハウス収集にも乗り出したと言う遡流派異端者。このジャンルで書いてる本は当時なかったから作ったとも言える。
 数々の写真は、所蔵物だけでなく美術館収蔵とかも混じっていて、詳細ではっきりくっきりと資料として価値のある状態だと思います。
 ラストに、もしドールハウスをコレクションするなら…と言う目利きの指南もあるので、おもちゃとしてでなく、アンティークコレクションとしての意味が濃いかも。

 でも元々ドールハウスは先に美術品、その後学習用品、そしておもちゃと言う流れだそうで、ちょっと興味深く感じた。
 そして、当時の人々は今の暮らしぶりや風習を残すために『現在進行形』のドールハウスを残したらしいのですが、未来である今も、作られるドールハウスは現代の家でなく、その当時のアンティーク感溢れる調度の家。
浪漫を求めるものになっているのねぇ…。
 ちなみに時折日本のもの(ドールハウスと言うより民芸品的な家の模型)が出てきており、日本の物は珍重されたらしいのだが、あれらをドールハウスと見るのか…と不思議な感覚に。
 重くて大型の本ですが、眺めているとドールハウスをそのまま見ているのと同じに、妄想に浸れる本です。
バスルームに配管が通っていて実際に水が出るとか、日本のプラスティックのおもちゃでなく、タイルや木を使って実際に寄せたやつで出来るなら、相当興奮するよね?
 リアルなドールハウスは惹きこまれるわぁ。
紅一点論

 本当に『論』でした。
世の女性の扱いに関して、ドラマやアニメなどから考察しているのです。
 特撮や魔法少女など、男の子向け、女の子向けとされた作品の中での男女の違いから始まって、比べてみるとまぁ面白い、確かに傾向はあるんだなと言う色々な論を聞けます。
 男の子は正義を、女の子は愛を軸にお話が進む。
ああ、言われてみれば確かに。
時が流れて戦うヒロインになっても、絶対恋愛話がメインだもんなぁ…。
 地球を救うのだって、男の子向けが直接侵略側と戦闘するのと違い、女の子のは世界を象徴するような対象物がひとつあって、その宝物を奪われないように守る話が主流と聞いて、これも面白い様にそうだった。
まぁ夢と魔法の世界の話ですからねぇ。
(だからと言って、宝物は処女性、戦闘は男女のアレとか、すべてをあれこれ性的な話に絡めて、メタファだとかなんだとか言われても思い出が汚れる一方なんだけど。敵が美形男子?少女漫画的に言うと、絵面は美しいに越した事ないし、敵をやっつけるのに男じゃなきゃ倒しにくいとか、そう言うのはないのかな?)
 この本自体が大体セーラームーンの辺り位までの頃の発行なので、今だとプリキュアとかはどう解釈するのか聞いてみたい所です。(魔法少女に見せかけておいて肉弾戦。かつ基本的に恋愛しないシリーズもある。)
 とりあえず女の子向け、戦闘するのにより不向きなドレス変身するのを止めろと確かに突っ込みたくなる感じでした。

 しかしエヴァンゲリオンの考察に入ってから、あれも色々と型破りな話だと思うのですが、ちょっとこの人の型分けに入れ込むのもぴったりと言う感じではなくなってくる。そしてジブリにおける女性や、最終的には実在のナイチンゲールやキュリー夫人の話を取りあげるのですが、後半に行くにつれ、当初程の頷きが少なくなり、ズレが生じて来る感じかな。
 全てを数少ないタイプに落とし込もうとするから、紅一点の役割をこの女キャラ数人に分けたとかどうだとか、アニメキャラにキャラ被りは男女関係なく普通は作らないと思うし、実在の女性をアニメ的な単純なキャラタイプに当てはめるのも微妙。
 そして中でもちょっとひっかかったのが、娘が魔法少女に憧れるのを、母親は苦々しく思うのが当たり前で、大きくなっても魔法少女が好きなままの大人なんていないとか書かれてる一文。
 いやぁ、今でも魔法少女が子供の頃のまま好きの対象だと言う人、たくさんいますでしょ?(この本は20年くらい前のものですが。)
でなきゃセーラームーンやクリィーミーマミだののグッズ、今になってから誰対象に新商品が出るのか。
それともオタクは大人じゃない認定何でしょうか…。
 子どもの時好きだったものをずっと好きって、おかしいと言わんばかりの論法はちょっと乱暴だなぁと。
 アニメ等の作品の裏の思想に気づかない事が愚かであると言うなら、アニメ等を真剣に論じて害悪を決めつけるのも愚かだし、どうせ同じ愚か者なら気持ち良くお話と思い出を楽しみ続けていたいよ。その裏が合ってるとしてね?

 一部は面白い解釈、しかしこの論で全ての作品をマクロに論じるのは乱暴、そんな風に思えた本でした。
面白い所は面白いんだけどなぁ…。
ハーバードでいちばん人気の国・日本

 タイトル的に、『ハーバードで日本の学生が人気なのかな?』と思いましたが、そうでなく、学びの題材として、のようです。
 名前だけ独り歩きしてる感のあるハーバードですけど、結局何が凄く感じるかって、教育に金を惜しまないセレブや身分の高い人たちの子女が入ると言う、卒業生皆、これから世界を担っていく立場にリーチな学生ばかりだという事です。
あー、ご学友を作っておくと凄い人脈の宝庫になりそうだよね。
 そんなわけで、大学では実際に『人のトップになった時、選択を誤らない様な教育』をするんだとか。。
現代における帝王学かよ…。
 でも求められるべくして成った形なのでしょう。

 そこでは世界で成功した経営トップらの、困難の乗り越え方や、新しいアイデアでの躍進、実在のモデルを提示してケーススタディを繰り返します。
その中に、日本のケースが入っており、とても人気だと言う話。
 多少悦に入っているようにも感じますが、世界の風向きに敏感な事が前提でのモデルでしょうから、たまたまそういう時期だったという事を念頭に置いて捉えた方が良いと思えます。
一度凄かったから威光が続く―なんて考え方、それ自体この教育方法にはナンセンスに思えますからね。

 さて、オーソドックスにはトヨタのモデルや、コンビニのモデル。
やはりオペレーションそのものに価値があるのですが、ではそれをただ真似したからと言って、他国の企業は成功したでしょうか?
―予想通り全く結果が付いてこなかったそうで。
 そもそもこういった独特のやり方を、教材の調査側に何一つ隠す事もなく開示する日本企業に、調査側が驚いたそうです。
ご丁寧に『企業秘密を盗まれても良いのですか?』と聞いたのだそうで。
 ところが日本側も海千山千の回答。『別にシステムを盗まれてもソフト側が役に立たなければ意味がないからどうぞどうぞ』だそうです。
 これを、外国企業的には『一人一人の社員の能力が高いから、結果が出るのだ』と捉えたようですが、違いますね。
意味合い的には、『能力は二の次、社員一人一人のやる気とか、問題意識の持ち方、質』だと、恐らく日本人にはすぐに通じる会話だと思います。
 接客とかで比べると本当に解りやすい。

 これを如実に表してみせたのが、新幹線の清掃業。
早く、確実に、綺麗でかつ楽しそう。もはやショーの様な流れ。
 ソフト側が高い所に意識を置いてないと、とうてい出来るものじゃないと思います。

 これらをケーススタディに使った時、他国とまるで違う日本企業の重点の置き方に、学生たちは非常に驚くんだそうです。
トップダウン式の経営が当たり前の中、日本は下の意見でもガンガン取り入れるトップが多い。
 勿論こういうのは結局事態と状況に応じて乗り切れるタイプが違うだけの話で、優劣はないと思うのですが、自分たちのやり方で進まない時に、違う視点を入れて成功に導くのは、トップたるものの仕事、と言うわけですね。
 しかし日本も、バブルなどで当時のやり方ではダメだとか、結果の思わしくない経済活動があったわけです。
 それでも長い歴史を持った国家、特に世界最古の企業がいまだ活躍する国の事、何か秘訣があるのに違いないと日本に魅力を感じる学生が多いようです。

 日本への研修旅行も大人気だそうで、さて、隣の芝は青い話ではあるのだけれど、文化の差異を学ぶには面白い話でした。
それぞれの国の歴史と国民性に合った方法は、やはりそれぞれだと思うので、学生さん達には広い視野で情報収集に臨んでもらいたい。そして自分の国がより発展出来るような、道を切り開いてもらいたい。
 経済ってさ、富の数は定数だから、すべての国は同時に栄えないと言うのはあるけれど、どこかの国で成功があれば、それは世界全体にとって貴重な起爆剤になりえる。
 理想論だけど、皆で足を引っ張り合うよりは皆で磨き合って競える、健全な経済市場が世界に出来るといいな。
アメリカ文学のなかの子どもたち

 アメリカ文学と聞いて、何一つ「なにがあったっけ?」と答えられない私です。
…ちょっと気持ち悪くなり、このタイトルだと分かり易い所を押さえてそうだと読んでみる。
 そうするとははぁ、ハックルベリー・フィンとか若草物語、あしながおじさんかぁ。
これは有名どころでした。
アメリカのイメージなかったけど。(いや、若草物語は南北戦争だったな、確か。もろアメリカだったわ。)

 さて、内容はかなり深く掘り下げた文章で、ちょっと小難しくもある。
紹介本とか生ぬるい感じでなく、タイトル通りアメリカ文学の中における子供たちがどんな意味を持ち、持たせてきたのか。そしてその作品のテーマを探り出し、どんな部分にそれが表現されているかを読み解きます。
…うん、国語の授業が一瞬頭を過ったな。
 例えば子供が未知の冒険へ出る時、それは子供から大人へ近づくためのイニシエーションであり、そこでは性と死のどちらかに触れる事となる。
そして何かを失って、子どもは子供時代に別れを告げる―。
 意味ありげだね。
他にも家族や文化、自然など、いろんな切り口で解説は続きます。

 作品として楽しむのではなく、こうやってテーマや表現を考えて読み解いていくのって、どうも私の本の楽しみ方には入ってないようでピンとはきませんでした。
より深い理解は出来るけど、考えだすともうお話としては楽しめなくなっちゃう。
 そう思っていたら、トムソーヤの話の辺りで、『少年らは皆船乗りになる事に憧れ続けるが、いざなってみるとあれだけ魅力的に見ていた水の流れをもう純粋に見れなくなって、永遠の憧れを失ってしまう』とか解説されていた。
まさにそれだわ。
 私は、単純に『読書』が好きだから、『本を学問する』事はこの先もないな、と妙な感慨に終わった本です。