元モンスター描き。 諸々の感想と近況ブログです。   since2005.05.15
えんの松原

 観光地的な土地名としか認識がなかったんだけど、内裏内の一部分の地名か…なるほどな。
 あらすじ自体はちょっと歴史ロマン的な感じで、事情があり女装して女官仕えをしている少年と、病弱で帝の継承権一位の御子がひょんな事から出会い―と言う感じ。
 蓋を開ければ時代で信じられていた怨霊がテーマのようで、成程、どこもかしこも悪い事は皆死んだ誰かのせいなんだな。
主人公は両親を殺した流行り病の怨霊を憎んでいるし、御子は今まさに怨霊に呪われている。主人公を取り巻く人々の中にも、血筋の者が怨霊になっただとかで風評被害を受ける者も居る。
 そんな中、えんの松原の中で主人公は鳥の姿をした怨霊たちに出遭う。(えんとは怨か?)
えんの松原は真に怨霊の住処であり、松を伐ろうとした男たちをも事故で殺す程の力を持っていた。
 主人公は松原に近づきたくはないが、御子を苦しめる怨霊が居るとしたらここだと、確信を抱きつつ女官仕えを続けていた。
しかしある日、御子を守る祈祷をする阿闍梨の言う怨霊と、御子が言う怨霊は別のものではないかという疑問が出て―。

 この辺りから物語は謎を帯び、読み手をぐいぐい惹き付けてくれます。
 この作品、何よりキャラが立っていると思いました。
男であることを隠さないといけない割に乱暴な主人公や、こっちが女じゃないかと思われるくらい病弱で儚げな御子。口うるさいが頼りになる老女官や、御子の関心を奪われまいと嫉妬を露わにしてくる美少女女官。
どのキャラも非常に練り込まれた自然な感じの立場と行動、心情で、生き生きとしています。
 また、真の怨霊の正体が解ってからは、御子の抜け出せない運命の哀れさやそのお話の行きつく先と、細やかなストーリー展開も魅力。

 児童小説の割に、古風だしページ数多いし…と思っていたけど、読んでみれば生き方について、真正面から語り掛けて来る力強さに溢れた本です。
時代小説の分、好き嫌いが分かれそうですが、なかなか読ませてくれました。
つまみ食い本11
 ―電車に乗る時に読もうと思って、チョイス。
何が共通点かって、掃除ものは勿論、全部『文庫』だよ☆軽さ小ささって大事だよね…。
 で、全部流し読みでなくちゃんと読みましたけど、まぁ大体似たり寄ったりで過去に読んだやつと変わらないので(イギリス式ですら、同じ作者の本を前に読んでたしな。なおそれもイギリス系生活本。)
代り映えしないチョイスです。





紅一点論

 本当に『論』でした。
世の女性の扱いに関して、ドラマやアニメなどから考察しているのです。
 特撮や魔法少女など、男の子向け、女の子向けとされた作品の中での男女の違いから始まって、比べてみるとまぁ面白い、確かに傾向はあるんだなと言う色々な論を聞けます。
 男の子は正義を、女の子は愛を軸にお話が進む。
ああ、言われてみれば確かに。
時が流れて戦うヒロインになっても、絶対恋愛話がメインだもんなぁ…。
 地球を救うのだって、男の子向けが直接侵略側と戦闘するのと違い、女の子のは世界を象徴するような対象物がひとつあって、その宝物を奪われないように守る話が主流と聞いて、これも面白い様にそうだった。
まぁ夢と魔法の世界の話ですからねぇ。
(だからと言って、宝物は処女性、戦闘は男女のアレとか、すべてをあれこれ性的な話に絡めて、メタファだとかなんだとか言われても思い出が汚れる一方なんだけど。敵が美形男子?少女漫画的に言うと、絵面は美しいに越した事ないし、敵をやっつけるのに男じゃなきゃ倒しにくいとか、そう言うのはないのかな?)
 この本自体が大体セーラームーンの辺り位までの頃の発行なので、今だとプリキュアとかはどう解釈するのか聞いてみたい所です。(魔法少女に見せかけておいて肉弾戦。かつ基本的に恋愛しないシリーズもある。)
 とりあえず女の子向け、戦闘するのにより不向きなドレス変身するのを止めろと確かに突っ込みたくなる感じでした。

 しかしエヴァンゲリオンの考察に入ってから、あれも色々と型破りな話だと思うのですが、ちょっとこの人の型分けに入れ込むのもぴったりと言う感じではなくなってくる。そしてジブリにおける女性や、最終的には実在のナイチンゲールやキュリー夫人の話を取りあげるのですが、後半に行くにつれ、当初程の頷きが少なくなり、ズレが生じて来る感じかな。
 全てを数少ないタイプに落とし込もうとするから、紅一点の役割をこの女キャラ数人に分けたとかどうだとか、アニメキャラにキャラ被りは男女関係なく普通は作らないと思うし、実在の女性をアニメ的な単純なキャラタイプに当てはめるのも微妙。
 そして中でもちょっとひっかかったのが、娘が魔法少女に憧れるのを、母親は苦々しく思うのが当たり前で、大きくなっても魔法少女が好きなままの大人なんていないとか書かれてる一文。
 いやぁ、今でも魔法少女が子供の頃のまま好きの対象だと言う人、たくさんいますでしょ?(この本は20年くらい前のものですが。)
でなきゃセーラームーンやクリィーミーマミだののグッズ、今になってから誰対象に新商品が出るのか。
それともオタクは大人じゃない認定何でしょうか…。
 子どもの時好きだったものをずっと好きって、おかしいと言わんばかりの論法はちょっと乱暴だなぁと。
 アニメ等の作品の裏の思想に気づかない事が愚かであると言うなら、アニメ等を真剣に論じて害悪を決めつけるのも愚かだし、どうせ同じ愚か者なら気持ち良くお話と思い出を楽しみ続けていたいよ。その裏が合ってるとしてね?

 一部は面白い解釈、しかしこの論で全ての作品をマクロに論じるのは乱暴、そんな風に思えた本でした。
面白い所は面白いんだけどなぁ…。
ダウンを洗う
 洗うシリーズ今度はダウンコート。
しかもロング丈なんだが、重かろうなぁ…。
 だがもはや私に躊躇はない。(ウールのコートとかはやらないけど。)
乾かし方さえ失敗しなければ、ダウンも家で洗えます。そのはず…らしいよ。
 どうもねー、2シーズン程クリーニングに出したにもかかわらず取れてない染みが合って、毎冬微妙な気持ちにさせられていた。
洗いたてなのに、汚れものを着ているような感覚。
もういい、自分で洗う―!(; ・`д・´)

 と言うわけで、浴槽に湯を張って重曹ドバーっ。
シミ部分と袖、首周りを徹底的に洗ってから、後は通り一遍湯の中でジャブジャブ。
…うわぁ…得体の知れない茶色い液体に…。(;´Д`)
 まさか色落ちではないとは思いますが、基本的にタンパク汚れが落ちてるはずですから、まぁ妥当か。

 さて問題の乾かし方は、遠慮なく脱水機にかけて、ひたすらヨレを戻して風通しの良い所で陰干し。日が落ちたら、室内で扇風機当て一晩。
失敗するとダウンがぺちゃんこになるらしいが、相変わらず賭けよね。
 洗う時に中まで水を通してはならない、押し洗いのみとか書いてましたが、んなもん、通るっつーの。押し洗い程度でこの汚れが落ちるもんかっ。

 さて翌朝確認してみましたが、全然ふっくら綺麗に仕上がりました。…何だったんだ、色んな所で読む警告の類は…ってくらいにあっけなく。柔軟剤すら要りませんでした。
シミも取れたし、これは次からもいけるなぁ。
 しかしたった一冬で、あんなに水が汚れるってちょっと怖気がしたわ。
ダウンはそんなに汚れない…ってどこかで聞いたんだけど、どういう基準なんだろうか。
 何事も自分でやってみると驚きの事実が隠されてるもんだね。
11をさがして

 ディスレクシア(難読症)の少年が主人公と言う珍しいお話。
それが故に屋根裏部屋に隠されていた新聞記事が読めず、そこに載っていた幼い自分の記事に疑問を持ち、自分の出生の秘密を探ると言うものです。
成程なぁ。
 しかしこのディスレクシア、ディスクレシアありきのストーリーなのか、ストーリーありきのディスレクシアなのかよく解らず。
 この設定が一番意味を持つのは最初の『新聞記事(謎)が読めなかった』部分くらいで、あとは流れ位にしか感じられず。
ちょっとグッとくるなぁと言うのは、ラストの辺りで『読めないけど、書けないけど、伝えたい事があるんだ』と言う持っていき方くらい。これ自体も正直、ちょっと…弱い。
 何せその気持ちは十分、他の行動や人との関わり合いで伝わってくるから。
 謎自体も結局はいわゆる『大冒険』的な展開になるわけでなく、あくまでも本人の中で本気で悩んだ大事件ではあるのだけれど、小さく収まってしまう話で、心の揺れ動きで繋いでいるストーリー展開。

 むしろもうひとつの軸である主人公と親しくなった少女との友情物語の方が気持ち良く、こっち一本で煮詰めてくれた方がすっきりしてたかも。
 まぁ少女に話しかける理由も謎が原因なんだけど、最初にあらすじで屋根裏部屋の謎が強調されてたもんで、そっちを膨らませて考えてたから、盛り上がりに欠けたんだよね…。真相が解った時の肩すかし感も加えて。
 それからそれを押しのけるくらいに、少女のキャラが良かったとも言える。
イラストも魅力的に描かれているし、言動や絡み合い、すべてがこの二人のハッピーエンドを願ってやまない魅力的なものでした。 謎は置いておいて、二人の友情を噛みしめたい一冊。